夏のおわりに

おばんです。月末が締め切りの原稿がまったく進んでない山本左足です。

短歌を12首作らないといけないのですが、数日格闘した結果あと12首足りない、というところまで来たので、まあ順調に停滞中ということで。

気晴らしにツイッターを眺めたりしていたら、久々にちょっと書きたいことが出てきたのですが、ツイッターに書くには長すぎるのと、以前も何度か似たようなことを書いている筈なのでこっちに書いとくことにしました。

足が遅いことがコンプレックスだった。
どのくらい遅いかというと、小一から高三まで、出場した競走は短距離・長距離を問わずすべて圧倒的な最下位だったほど。小学校五年生だか六年生だかの時、学年の女子で一番足の遅かった子と100m走で勝負してまあまあ大差で負けたほど。
跳び箱も跳べなかったし(今も跳べない)、逆上がりも出来なかった(今も出来ない)。運動能力は全体的に劣っていたが、その中でも走力は人一倍劣っていた。

まあそれでも、運動会や体育祭はまだマシです。チーム対抗戦だから、クラスの運動ガチ勢が結託して「アイツを出すと負けるから、極力レースに出さないようにしよう」という話になるので。大勢に影響しない競技にいくつか出て、あとは眺めてるだけでよかった。それに比べると、年に一回ある校内マラソン大会はまあ辛かったですね。何が辛いってアレですよ。今でもあるのだろうか、あの「○年生最後のランナーです!みなさん、拍手で迎えましょう!」ってアナウンスされるやつ。全校生徒の前で晒し者にされる、例のやつ。「健闘を称えて」みたいなお題目なんでしょうが、実際そういう気持ちで拍手してる人なんか居やしないんですよ。これを読んでる皆さんも身に覚えがあるでしょう(拍手する側として)。
あれは辛かった。苦手ジャンルで醜態を晒している無様な姿を全校生徒に見られるわけですから。「あんなの恥ずかしくて耐えられないよ。俺だったら絶対自殺するね」と聞こえよがしに話してる同級生が居たりして。情けなくて情けなくてねえ。
こっそり家の周りを走って練習したりもしました。でも、そもそも運動能力が低いので焼け石に水。仕舞いには走るという行為自体がトラウマみたくなってしまい、(走ろう)と思っただけで心臓がドキドキしたり汗が噴出してきたりするようになってしまいました(人前だといまだにそうなります)。

いざマラソン大会が近づくと、数日前から眠れなくなり、ご飯も食べられず、一日に数回トイレで胃液を吐いてました。いやマジで。それでも休むと「ビリになるのが嫌で仮病を使った」と同級生に陰口を叩かれるので、それが嫌で頑張って出てたのですが、一度どうしても無理で見学させてもらったことがありました。
すると、不思議なもので・・・いやまあ今にして思えばさほど不思議でもないんですが、見学と決まった途端に体調が回復して、クラスメイトが走り始める頃にはほぼ平時と変わらないまでになってしまいました。めでたしめでたし、とは勿論ならず、その後に来たのは(体調が悪いなんて気のせいだったんだ。本当は何ともなかったのに休んでしまった。俺は最低の卑怯者だ)という強烈な自己嫌悪。
その自己嫌悪をもう二度と味わいたくなくて、翌年は強行出場したのですが、ゲロ吐きながら走ってたところを止められて保健室に搬送されるという始末。もっとスポーツマンになりたかった。
(またビリになってあんな辱めを受けるくらいなら、もう死んでしまいたい)と思ったことも何度かあります。当時の自分にもう少し行動力とやる気があったら実行していたかもしれない。ダメ人間でよかった・・・かどうかは定かでは無いですが。

さて、何だって突然こんな話を長々書こうと思ったかというと、「夏休みが終わる時期に自殺する子どもが多い」というのを度々目にしたからです。「学校行きたくねーなー、嫌だなー」というのは、この時期日本中の全学生が思っていることでしょうが、その思いが度を越して心身に変調を来たすまでになったら、無理せず親や教師に相談してほしい。相談された側も「どうせ学校に行きたくない一心で仮病を使ってるんだろう」なんて決め付けずに相手してほしい。まあ実際「学校行くのかったりーから嘘ついて休んでスプラトゥーン2やってよ」というケースもあると思うんで、見極めは難しいところではあると思いますが・・・。

最後にひとつ言わなくてもいいことを言っておくと、一ヶ月も休みを満喫していながら学校には行きたくない、というのは、どんな理由があってもやはり良くない事だとは思います。でも自殺はもっと卑怯だと思うので。卑怯者として死ぬよりも、捲土重来を期して生きているほうがいいです。たぶん。

生きてればいつでも死ねるでも死ねば生き返れない だから生きよう

大昔作った下手な短歌で無理やりまとめw まああれだ、生きてれば良いこともあるかもしれませんしね。俺には無かったけど。いやこれからあるんですよきっと。もう40歳過ぎたけど。まだこれから良いことがあるんですって!まだ!これから!あるんだってば!!!

はー、死にたい。

まあそんなこんなで皆さん良い秋を。おやすみなさい。
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五月

だとしてもきみが五月と呼ぶものが果たしてぼくにあつたかどうか 光森裕樹

歌集『鈴を産むひばり』(港の人)より

おばんです。

ご無沙汰しております。久々の更新。

今日は五月に入ったという事でこの歌。

人の一生を四季にたとえて「青春・朱夏・白秋・玄冬」と言います。

それで言うと「五月」は、青春と朱夏のあいだ、大人になりかけの時期、という感じでしょうか。

旧暦の場合だと五月はもう梅雨に入っているわけですが(「五月晴れ」がもともと梅雨の合間のわずかな晴れ間の事を指す言葉だったというのは有名な話)、現在の五月は、一年で最も過ごしやすくて明るい季節だと思います。東北だとまだ桜が咲いてたりしますし。

厳しい夏を迎える前の、どんよりとした梅雨に入る前の、青春の最後の輝きのような、そんな五月。

・・・俺には無かったなあ、五月。

そんなわけで今日はここまで。楽天イーグルスの中継ぎ投手陣に絶望したりもするけれど、俺は元気です。またぼちぼち更新していこうと思います。では、おやすみなさい。

自己顕示欲とかそんなの

かくのごと青春は過ぎぬ この、いくら擦っても点かない百円ライター 斉藤光悦

歌集『群青の宙』より

おばんです。

最近めっきり短歌を詠まなくなりました。まあ元々超絶マイペース野郎なんで、「何もやる気が出ない時は何もやらないに限る!」という考えのもとに日々だらだらと過ごしているわけですが、にしても昔はもうちょっと焦ったり頑張ったりしてたような気がしなくもないです。

自己顕示欲とか承認欲求とかそんなの。若い頃はそれこそ渇望と言っていいほど持っていた筈ですが、近頃はもう、ほとんど失ってしまった。渇望しても結局得られない、という現実に心が耐えられなかったのかもしれません。

創作意欲なんてぶっちゃけ孔雀の羽根みたいなもんで、意中の女性に好かれたいという一心の求愛ダンスみたいなものですから。今の俺はもう、誰に向かって羽根をひらひらさせれば良いのか見失ってしまった状態なので、まあ、やる気も出ませんよそりゃあ。

俺は自分が相当な特殊オナニストだと思っていて、最終的には鏡を見ながらオナニーできるレベルの変態になれる筈だと信じていたわけですが・・・、まあ要するに、読者なんて存在しなくても自分ひとりのために短歌を詠んでいるだけで満足できる人間だと思っていたのですが、どうも、やっぱりそれだと行き詰ってしまうようです。当たり前っちゃ当たり前なんですが。

生きる才能も死ぬ才能も無い人間はどこへ向かえばいいんだろうなあ、などとぼんやり考えつつ。とりあえず明日からプロ野球が開幕するので、それを楽しみにしばらくだらだらと生きます。野球賭博問題が結局うやむやになってしまってる感じなのが気になるところですが。

他人に顕示できるような自己なんてハナから持ってなかったんだという事に気づいた上で、どうやって創作意欲を持続していくか、というのがここ数年の大きなテーマだったのですが、何だか「不可能」という結論に達しそうな感じで少し寂しい。まあ、またそのうちに突然やる気になるんだと思いますが。その時まで、とりあえずだらだらします。ブログも気が向いたら更新します。

認めたり認められたり認めてる人から認められたりしたい

認められない人間が、認められないまま生きていく道はあるだろうか。短歌に限らず、仕事とか恋愛とか色々。徒労と知りつつ虚しい努力を一生続けないといけないのか。俺の羽根はもうボロボロだよ・・・。

では、また。おやすみなさい。

5年目

おばんです。東日本大震災から5年目の3月11日。

更新するとは言ったものの何を書こうか考えがまとまらず、いっそ悪ふざけして馬鹿なことを書こうか、とも思ったのですがそれもままならない生真面目さ。結局何を書くかまったく考えてません。どうしよう。

何か思いついたことを適当に書こうと思います。とはいえ、震災当時の思い出話なんかは以前ツイッターとかにも書いたりしたので繰り返しになっちゃうし。うーむ。

俺の地元は岩手県の沿岸北部にある洋野町というところです。まあ実家のある辺りは合併前は海無し村だったので、厳密には沿岸って感じでもないんですけど。夏に帰省すると実家の軽トラ(笑)を疾走させて海までドライブするのが楽しみなのですが、去年は天気が悪くて、鉛色の海がどんよりうねっているのを車窓から眺めるしか出来ず残念でした。一昨年は天気が良くて、海浜公園で海水浴する人たちをのんびり眺めながら缶コーヒーを飲んだり、靴を脱いで波と戯れたりできたのですが。今年はどうだろう。

去年の7月18日付けの河北新報の記事によると、岩手、宮城、福島3県には震災前およそ70ヵ所の海水浴場があったそうですが、去年海開きをしたのはそのうちのたった14ヵ所だそうです。記事はこちら

いつも通り海水浴が出来るということすら、実は相当な幸運なのかもしれない。というようなことを考えたり。

そういえばZUU onlineというサイトで発表された「東北住みたい街ランキング」で岩手県大船渡市が3位に入っていてちょっと驚きました。大船渡には学生の頃だか社会人なりたての頃だかに一度行ったことがあるだけ。それも、ただ単に「行ったことが無いから行ってみようぜ!」というノープランの遠征で、ほとんど車から降りもせず丸一日かけて大船渡~陸前高田あたりをぐるぐるして日帰りするという、若さゆえの過ちとしか言いようの無い旅で行っただけ。陸前高田市なんてただ通過しただけで降り立ってすらいないんじゃなかろうか…。いつかもう一度行ってみたいものです。

しかし、実際問題沿岸市町村は住むには結構不便だと思います。俺の地元あたりもそうだし、県南も、たぶん。たとえば大船渡には盛岡からバスが出ているのですが、片道3時間、往復券で4000円かかるらしい。ちなみに盛岡ー仙台間が高速バスで片道2時間半、往復券5000円です。大船渡ー仙台も調べてみたのですが、バスだと片道4時間(一関市を経由するため時間がかかるらしい)、往復券4400円。大変だ…。

そういう地理的な不便さはありますが、たとえば子育てをするのにはいい環境だろうとは思います。海もあり、山もあり。沿岸は雪もそんなに積もらないし、近隣の住人も(顔見知りには)優しい人が多いです。たぶん。

震災復興。何となく言ってますが、実際問題、どうなれば「復興」なのだろう。死んだ人は戻ってこない。仮に街並みのすべてを震災前の状態に戻せたとしても、住人が戻ってこなければただのゴーストタウンになってしまう。岩手県沿岸の市町村は元々過疎化が進んでいた地域。そして主要産業の農業や漁業も、放射能の影響で大きな被害を受けている。

考えれば考えるほど暗い気持ちになってきます。俺には何も出来ないんですが。ただ、以前と同じように、というのではもうダメなんだろうなあ、と思います。「復旧」ではなく「復興」。それこそ「住みたい」と思えるような新しい街を、可能な限り早く作って欲しいと思います。

・・・ふう。あまり暗いことを考えるとダークな感情に支配されていけませぬ。次からはまた下らないことを書いていこうと思います。短歌も載せようかと思ったのですが特に思い浮かばなかったのでまた今度。そういえば「震災詠」についてもちょっと書きたいことがあったんですが・・・、いまさら思い出してもなあ。もう疲れちゃったんで、覚えてたら来年にでも書きます。

あらためて、亡くなった方のご冥福をお祈りいたします。では、また。おやすみなさい。

第一回深夜の即詠祭り

おばんです。

ただ今深夜3時49分。あ、50分になった。

これから5時まで、パソコンでだらだら動画でも見つつ短歌を作ろうと思います。思いついたものはここに載せていきます。目標十首。…無理かも。では、とりあえず日課になっている楽天イーグルスの最新ニュースでもチェックして、酒でも飲みながらのんびりアニメでも見ます。短歌出来るかなあ・・・。

Too Late To Die 汽車はいつまでも海辺の町を走り続ける

アルコールで洗えば落ちる魂にこびり付いてる頑固な汚れ

全力でバットを振ったことが無いいつも見逃し三振の恋

そしてまた頼みもしない春が来て君の笑顔を見る羽目になる

絨毯へ堪えきれずに飛び散ったこの寂しさをティッシュで拭う

空の青海のあをにも染まらないたった一羽の鳥になりたい

HDDから君の記憶だけ綺麗に消し去る便利なソフト

ちょっと前まで純白の雪だった泥水を撥ね飛ばしつつ行く

退屈を水で薄めて飲みながら下手な短歌を詠む午前五時


…ただ今午前4時58分。あ、59分になった。残念ながら9首止まり。とはいえ正直予想よりはたくさん詠めたな。5首くらいで止まると思っていた。どれか一首でも気に入ってくれるものがあればいいのですが。ちなみに俺は全部気に入ってますよ(自作大好き!)

では、第二回でお会いしましょう。開催日時は未定ですが。

明日、明後日あたりは更新するか分かりませんが、たぶん、11日には流石に更新すると思います。どんな内容になるかはまったく分かりませんが。では、また。おやすみなさい。