短歌結社ネガティヴ活動記録(乱世編・その5)

短歌同人誌「ネガティヴ」に創刊号から参加している北村君(仮名)に「マニ車☆光」というふざけたペンネームをつけたのはぼくです。北村君済まぬ。
ただ、☆マークをつけたのが吉澤だということと、最終的に採用したのが瀧本だということは特筆しておかなければなりません。責任者が誰かは確定的に明らかなのです。
あ、マニ車が何か分からない人は各自で調べてね!

というわけで誰が何と言おうと山本左足です。まいど。
本来なら北村君もここで扱うべき重要人物のひとりなのですが、彼は健全な常識人なので、いまいち創作意欲が湧いてこないのです。もっとこう、ドロドロとした闇を抱えてないと。書いていて楽しくない(笑)

そういう意味では今回も(ぼくは)楽しいと思います(というか多分ぼくしか楽しくない)。曲者揃いのメンバー中でも「最も心の弱い男」(by瀧本)、藤井俊也君の話です。長いのでスルー推奨ですよ(笑)

最近の若者にも東京への憧れはあるものだろうか。

情報化社会だなんだと言ったところで、地方と中央との格差は結局どうあがいたって埋まらない。かえって、情報が手に入りやすくなった分、現地に行けない、リアルタイムで体験が出来ないという事に対する欠落感は強くなったのかもしれない。

それでも、今は良い時代だと思う。PCがあればリアルタイムで配信される動画も見れるし、欲しいものは通販で買える。

ぼくたちが高校生だった頃は、そういう事すら夢だった。卒業したのが1994年の春である。ウインドウズ95が歴史的な大ヒットを記録してPCが爆発的に普及し始めるのが名前の通り95年。ちなみに我が家にPCが導入されたのは2009年の事だが、これはさすがに遅すぎるので論外ですね(笑)

ぼくは地元の大学に進学した。「私立の授業料は払えない」と親に明言されてしまい、考えるのが面倒くさくなって「じゃあ岩手大学でいいや」という事になったのである。ノンポリである。
瀧本は秋田の大学へ。「なんで東京に行こうって思わなかったんだろうなあ?」と、後々首を捻っていたが、きっとぼくと同じでなんとなく、ゆるふわな感じで進路を決めてしまったのだと思う。
吉澤は東京へ行きたかっただろう。田舎よりは都会に相応しい男だと思うのだが、家庭の事情もあり叶わなかった。
そして、藤井君は東京へ行った。
進学か就職かもぼくには定かではない。その程度の繋がり・・・というか、当時はまったく繋がっていないのである。
なのでここからは瀧本から聞いた話を基にしたぼくの完全なる創作である。事実と異なる点が多々あります。

藤井君が上京した理由が進学か就職かは分からないが、目的は別のところにあった。
東京へ行きたい、という、それだけが目的だったのだ。
噂では東京にはテレビの民放局が5局もあるらしい。
24時間営業の店があるともいう。
そして、タモリが住んでるらしい。
憧れの街、東京。欲しいものが何でもある、夢の大都会。
・・・だけど勿論、そこに住んだだけで何者かになれるって訳じゃないし、何でもあるって事とそれを手に入れるって事は別の話だ。
憧れはあっという間に現実になる。
それも、自分が望んでいない現実に。
藤井君はバイトを転々としながら、目的と憧れを見失った日々をただふらふらと過ごしていたらしい。
当時田舎では絶対に手に入らなかった様々なものを、借金してまで買い漁ったりしたようだ。そうすることが、東京に居る事の理由になるとでもいうように。
家賃を滞納し、それを誤魔化すために更に借金をした。
それでいて毎晩のように飲み歩き、新宿で、自分と関係の無い酔っ払い同士の喧嘩に首を突っ込んだ挙句ボコボコにされて骨折で入院したりもした。

・・・というような話を、度々瀧本から聞いた。喧嘩で骨折した時は、東京まで見舞いに行ったようだ。

「たぶん、俊也はもう、自分の置かれている現実を自分じゃどうにも出来ないんじゃないかな。東京に居たって良いことないんだから、こっちに戻ってくればいいのに。アイツ最近精神安定剤とか飲んでるんだけど、酒と一緒に飲むもんだからベロンベロンになっちゃって。夜中に電話がかかってくるんだけど、薬のせいで呂律がまわってないし、次の日には電話した事自体覚えてないんだよな。もう、いい加減にして欲しい・・・」

という瀧本の愚痴も東京までは届かず、藤井君は東京でふらふらと日々を過ごしていた。家賃を滞納して大家さんが尋ねてきても、「大家さんがやってきた、ヤァヤァヤァ」などと言って笑っていたそうである(このフレーズ好きです)。

藤井君はやがて都落ちして地元に戻ってくるのだが、それはまだまだ先の話。
今はまだ、憧れが退屈な現実へと変わって、もはや何を目指し何に憧れたらいいかも分からないまま、ゆっくり、ゆっくりと落ちていくところ。
この先自分が短歌を作るようになる事を、彼はまだ知らない。
(乱世編その6へつづく)
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042:稲(山本左足)

稲中の井沢みたいな髪型の人が出てくるマンガを見たよ

041:喫(山本左足)

夕暮れの漫画喫茶で延々と「昭和バンカラ派」を読んだ夏

040:勉強(山本左足)

永遠に芯が減らない鉛筆があれば勉強するんだけどなあ

短歌

1.完璧な瑕を抱えたものになる数限りなき自瀆の果てに

2.傷つける事と傷つく事だけが俺の愛した世界のすべて

3.戦いのゴングを鳴らせ俺たちを立ち上がらせる動力は夢

4.さらさらと零れてしまうどれ程にきつく拳を握り締めても

5.寄る辺無き日々を想えば黄昏にジェルソミーナを呼ぶ声がする

6.この日々のすべては君と手を繋ぐための長くて険しい助走

7.エデンにはたどり着けないぼくたちの日々を揺らして電車は走る

8.ひとときの花と散るより葉桜の季節をともに生きていきたい

映画を題材にして作った短歌八首。いっぱいある筈なんですが思い出せるのが少なかった。作った時期もバラバラです。
映画は好きなんですが、最近全然見てません。疲れますよね、映画鑑賞(笑)
題詠2012も映画ネタでやろうかな、と一瞬思ったんですが、絶対ネタ切れになると確信して断念しました。止めて正解だったと思います。

ちなみに元ネタは以下の八作品。

a.「阪急電車」
b.「ミリオンダラー・ベイビー」
c.「愛のむきだし」
d.「レスラー」
e.「ブラックスワン」
f.「道」
g.「リアル・スティール」
h.「花のあと」

何故か無駄にクイズ形式です(笑)
解った人は官製はがきに答えを(例えば1-aという風に)書いて、ぼくの住所(非公開)に送ってくれれば、先着1名様に山本左足歌集(非存在品)をプレゼントしかねません。

映画を見たのに短歌と繋がらないという場合は、完全にぼくの力不足なだけですので悪しからず。あと、やたら「日々」という言葉が出てくるのに気付いた人は(こいつ下手だな)と思っても黙っててね。優しさって必要だよね。

短歌結社ネガティヴ活動記録(乱世編・その4)

前回までのあらすじ

東京湾に現れた謎の巨大生物によって壊滅的打撃を受けた首都東京。
治安出動した米軍首脳の下した結論は、核の使用と関東一円の土地を廃棄することであった。
それから数十年後。
日本は、死の大地と化した関東を挟んで、北東日本と西南日本とが、互いに相手の土地の正統な領有権を主張して空しい争いを続けていた。
そんな中密かに囁かれる都市伝説。
関東には生き残りの人間が少数ながら存在している。彼らは巨大生物の子孫を飼いならし、自分達を見捨てた外の人間に復讐する時を虎視眈々と狙っているのだ、とー。

・・・久々に中二病全開な文章を書けてぼく的には大満足ですが、何か?(今日の分はこれで終わってもいいくらいですよ)

さて、それはさておき乱世編のつづき。前回よりさらに長いので、物好きな人は覚悟して読んでください。↑の文章さえ無ければここまで長くはならなかったのに・・・(削らないけどね)

高校を卒業して青森県の印刷会社に就職した吉澤は、そこで、人間関係の構築にものの見事に失敗して、結局、数年でその会社を辞めてしまう事になる。

今なら分かるのだが、要するに、ぼくが高校に入学した時に体験した挫折と同じものを、吉澤は社会人になってから体験したわけだ。

まったくの初対面な人にどう接していいかわからない、というヤツである。

小学校から中学、高校と、ずっと同じ面子と顔を見合わせて生活してきた弊害である。気が合うやつ、合わないやつ、誰がどういうやつなのかを把握していた学生時代と違って、そもそもどういう性格なのかも分からない人と、一から人間関係を構築する訓練を、吉澤はまったく積んでこなかったのだ。

それでも、まあ、普通はどうとでもするのである。
天気の話をしたりとかね。
年齢が近ければそれなりに話題だって見つかる。筈。本来ならば。
しかし、これは吉澤の話だ。
彼はハリウッド映画を見ない。
野球もサッカーも格闘技も嫌いである。
「ジャンプ」も読まない。スラムダンクやドラゴンボールですらロクに知らない。ワンピースも読んでいない。
バラエティ番組もあまり見ない。
他者との共通の話題が極端に少ないのである。

結果、彼は職場で孤立したらしい。
本来はとても明るい男である。しかし、日に日に寡黙になり、表情は暗くなり、ついには体調にまで異変を来たして病院に通うようになった。

当時、ぼくと瀧本は世間知らずの大学生だった訳だが、常識人の瀧本は吉澤に我慢して勤めを続けるよう勧めていた。だが、社会人の大変さも知らぬまま、ぼくは無責任に会社を辞めるよう吉澤をそそのかした。

ぼくは、吉澤の境遇に、高校の頃の自分を重ねていたんだと思う。

どいつもこいつも腹が立つ。
何も知らないくせに。吉澤がどんなやつか知りもしないくせに。
お前らが知らない事をたくさん知ってるやつだ。お前らには想像もつかない事ができるやつだ。
会社の同僚は吉澤を無能扱いしたらしい。
後輩からは「あの人は何で喋らないんですかね?」と陰口を叩かれたとか。
辞表を提出する際には、社長の奥さんから「あんた、性格で損してるよ」と、捨て台詞のように言われたらしい。
ふざけやがってまったく。こっちが大人しいのをいいことに勝手な事ばかり言いやがって・・・と、まあ、当時のぼくはそういう風に思ったわけです。
自分と重ね合わせてます(因みに、彼は後に退職時のエピソードを自虐ネタとして伊集院光のラジオ番組に送って見事採用されていた。ぼくは彼のそういう笑いのセンスが心底うらやましい)。

ただし社会人になった今となっては、瀧本の言ってることが正しかったとつくづく思う。人間我慢が必要です。青臭い理想なんて何にもなりません。苦しい事をしてお金を貰う。そしてそれを楽しいことに使う。それで良いのです。

その後、吉澤は職を転々とする事になる。我慢が足りないのか、理想が大きすぎるのか。その辺は、良く分からない。

ぼくは吉澤を、猿の群れの中に混ざってしまった鳥なんじゃないかと思っている。
もしも、彼に与えられた環境が檻じゃなくて空だったら。
あっと言う間に手の届かないところまで飛んで行ったんじゃないか、と。
地上では、彼は確かに無能だ。翼も嘴も鉤爪も、邪魔なだけでなんの役にも立たない。
然るべき場所さえ与えられれば、素晴らしい能力を発揮する筈だと(勝手に)信じているのだけれど。

才能の九割五分はその人の生まれ育った環境による カリフラ沢ブロッ子

と言いつつも、実は、ぼく自身はこの歌のような考え方には賛同しない。色々書いたけど、ぼくは都会より田舎が好きである。自分の生まれ故郷は素晴らしいところだと思っているし、どんな環境だって才能のある人は必ず頭角を現してくると信じている。

だから吉澤も今に必ず頭角を現すはず、と、信じ続けてもう二十年以上経つ(笑)ぼくは彼をずっと天才だと思っていて、くっついていれば電気グルーヴにおけるピエール瀧みたいなポジション・・・というのはピエール瀧に失礼だから、チャゲアスにおけるチャゲみたいなポジションにつけると信じていたのに(だから失礼だというのに)。そろそろ本領を発揮してください。ぼくの(他力本願な)人生が掛かっているんだから。
お願いします、本当に。
(乱世編その5につづく)

039:蹴(山本左足)

友達は寄ってたかって蹴るものじゃないと思うんですよ、キャプテン

038:的(山本左足)

自らの命を的に復讐の日々を駆け抜けていく山猫(リンクス)

短歌結社ネガティヴ活動記録(乱世編・その3)

Toisu! 山本左足です。
今日はポリシックスを聞きながら更新してるわけです。「トイス!」はポリシックスのハヤシが考案した挨拶。
ライブの掛け合いなんかでも使われるので、覚えておくといざという時(どんな時かは知りませんが)役に立つかもしれませんよ。

さて。今回は乱世編第三回。
ぼくにポリシックスの素晴らしさと「トイス!」の正しい使い方を教えてくれた男、吉澤克彦の話です(結局ぼくの音楽知識は全部彼からの受け売りだ・・・)。
後編のつもりでしたが中編になりました(涙) とんでもなく長い上にまたもや中途半端なので要注意です。

さて。
一応前回のあらすじ。

吉澤克彦は電波塔フェチである。

では、つづき。

最近は、都会の暮らしに疲れた人たちが、田舎に憧れて移住したりするという話を聞いた。
はっきり言って、おすすめ出来ない。
不便だからとかいう事ではなく、もっと本質的に、都会で育った人は田舎暮らしに慣れないと思う。というか、地元の人たちが受け入れてくれるかどうか怪しい。

みんな結構誤解しているけれど、別に、田舎の人のほうが都会の人より親切だとか、人情味があるとかいう事は無い。
むしろ、よそ者には凄く冷たいと思う(特に北のほうの田舎は)。
考えてみれば当たり前の話で、田舎の人が親切なのはみんな顔見知りだからだ。
都会で育った人には想像もつかないだろうが、例えば、ドコソコの家の次男が大学受験に失敗して今はアソコの板金工場で働いてるだの、その板金工場の長男のダレソレ君はナントカいう店のホステスに入れ込んで家庭が崩壊の危機だ、娘が高校受験なのに、だのと、親戚でもなんでもないご家庭の事情まで熟知しているのが当たり前なのである。
家に鍵を掛ける必要が無い?そりゃそうだ。滅多なことをすればすぐさま村中の話題である。
先祖代々同じ土地に住んでいて、誰もが生まれた時からの顔馴染み。共通項が多いからこそ優しくしてくれる。
田舎の人間が親切にするのは「よそ者」にではない。あくまで「仲間」に対しての話で、その「仲間」という意識の働く範囲が少し広いというだけだ。よそ者には、むしろ冷淡です。

前置きが長くなり過ぎた。

吉澤は、勿論、よそ者では無いのだけれど、上に書いたような田舎者同士の横のつながりみたいな事に興味がない・・・というより、はっきりとそれを嫌う男である。
独立自尊の人なのだ。
つまり、よそ者じゃなくてはみ出し者。
そして、そういう人にも田舎者は冷たい。
ちなみにぼくは能力的に劣っていただけの、愚鈍な落ちこぼれ。
もちろん周りは冷たかった。
吉澤とぼくとが意気投合したのは、はみ出し者と落ちこぼれ、共に周囲に馴染めない人間だったからなのだろう。

吉澤は地元の高校に進学した。
当時はまだヤンキー文化の色濃く残る頃で、彼のような周囲に迎合しない男が、あんな環境で良く生き延びたものだと思う。

彼はいわゆるインテリでは無いものの(かつてぼくは彼に「小説って面白いの?」と質問されたことがある。「モノによる」と答えたと思う)、好きなことに対する専門知識とこだわりは他の追随を許さない。

卒業後はその専門知識を生かした仕事にでも就くかと思いきや、そんな事もなく、青森県八戸市の印刷会社に就職した。

そして、吉澤はそこで大きな挫折を味わう・・・のだが、さすがに長すぎるので今回はここまでね。本当はここからをメインで書く予定だったのになあ。どうしてこうなる・・・。
(その4につづく)

短歌連作

短歌連作「脳内理想郷」


VirtualでRealを駆逐し続けろ「構築セヨ脳内理想郷!」

裏切り者を左クリック一回で消し去るWindows2100

「閉ザセ」そのドアの向こうに隠された秘密は誰も見てはならない

エーテルが少し濃すぎる春の日にたださらさらと流れるひかり

銀色の銃(ガン)を構える恋人の指が綺麗でずっと見ている

薔薇色は無理でもあなたの未来にわずかの色を付けるための死

硫酸の雨に撃たれて死した野良犬の眼窩に突き刺さる虹

抱き締めた体が(カツテひとダッタナニカ)に変わっていく午前5時

「我現実カラノ逃避ニ成功セリ」それを最後に途絶えた電波

「神様になれたとしたら何をする?」「地球(おもちゃ)を全部片付けて寝る」


2009年ごろに作った連作・・・というか、多分同時期に作ったものを連作っぽくまとめてタイトルをつけたもの。SFっぽいものを集めてそれらしくしてある。最近あまりこういうのは作らなくなったな。そのうちまたやろう。

短歌結社ネガティヴ活動記録(乱世編・その2)

おはこんばんちは、山本左足です。

前回予告したように、今回から数回にわたって、高校を卒業したあとのメンバーそれぞれの足取りを追っていってみようと思う。

第一回目はカリフラ沢ブロッ子こと吉澤克彦君の物語(フルネームは今考えた)。
実在のモデルが居るとは言っても、あくまでもフィクションですので、ぼくの想像によるところが大きいという事を改めて言っておきます。事実よりも面白さ優先です。後、今回も結構長いです。しかも途中で終わってます。読んでも何ひとつためにはなりません。よろしく。

さて。
雛鳥のときから鳥かごで飼われた鳥は、成鳥になってからも空を飛ぶことが出来なくなるという。
窮屈な鳥かごに押し込められて、空を飛ぶ訓練も出来ないまま成鳥になってしまった地上の鳥。
ぼくにとっての吉澤という男のイメージは、それに尽きる。

そもそも吉澤は東北の田舎町に似合わない男だ。
例えば、彼はジーパンを履かない。
例えば、彼はハリウッド映画を観ない。
例えば、彼は「少年ジャンプ」も読まない。
周りの人がみんな履いてるから、とか、世間で流行っているから、とか、そういう事をまったく気にしない。自分の中にしっかりとした価値観があって、それを基準にして動く。少年期から今まで、吉澤はずっとそうである。
良く言えば、孤高。
悪く言おうと思えば、いくらでも言える。協調性が無いとか、わがままだとか。世間からずれているし、頑固で、意地っ張りである。
更に言うと、何と、今このご時世になっても、PC、スマホはおろか携帯電話すら持った事が無い(にも関わらずぼくより詳しいのには納得がいかない)。要するに、かなりの変わり者なのである。
そして、そういう変わり者は、少ない情報を皆で共有し、それによる連帯意識によってスムーズに共同体を運営していく、という田舎町ならではのスタイルにそぐわない。右へ倣えが出来ないと、田舎ではなかなか生き難い。

これでファッションや音楽などに対する感覚が鈍ければ、ぼくと同じ、単なるうすのろ野郎で、それなりに田舎町にも馴染むものなのだが、吉澤の場合、困った事にセンスだけは抜群に良いのである。

特にロック音楽。ユニコーンや真心ブラザーズに始まって、スーパーカーやくるり、アジカンもフジファブリックもサンボマスターもアナログフィッシュも、みんな吉澤に教えてもらった。最近だとMow Mow LuLu Gyabanとか。しかも、大半がメジャーデビュー前だったりする。情報が早くて、しかも的確。
今でこそぼくも、「アルバム全部持ってるよ。デビュー当時からファンで~」などとしたり顔で知人に語ったりするけれど、何のことはない、すべて吉澤から仕入れた知識の受け売りである。

因みに、中学時代、テレビの民放局が2局しか無く、地元にはまともな本屋もレコード屋も一軒も無い劣悪な環境の中(我が地元は人間よりも牛の数のほうが多いとまで言われるド田舎である)、吉澤は主にラジオから音楽情報を収集していたらしいのだが、電波状況も良くない中でニッポン放送やTBSラジオを頑張って受信し続けた結果、彼は完全なるラジオマニアになってしまった。
今では電波塔に対して止め処ない愛情を抱く超弩級の変態である。
アンテナを見ると萌えを感じるという、可哀想な男になってしまった。

田舎町に生まれたが故の不幸である、と、言わざるを得ない。
(乱世篇その3につづく)

短歌結社ネガティヴ活動記録(乱世編・その1)

「上の空」という言葉があるじゃないですか。
少し気になって調べてみたら、どうやらもともとは、文字通り空の上のほうを指す言葉だったらしいです。
その後、落ち着かないさまを表すものとして「心空なり」という言葉が出来(仏教用語っぽいですね、雰囲気だけですが)、さらにそれを強調するために「上の空なる心」という風に言うようになったとか。
そういえば競馬用語で、馬がレース中などに気を散らせて集中力を欠いた行動をすることを「ソラをつかう」というらしいですが、何か関係があるのでしょうか。面白いなあ。

・・・あ、違う。こんなことが言いたいんじゃない。

ネガティヴ活動記録だった。うっかりしていた(上の空だった、というネタが言いたかったらしい。でも、あまりにも露骨で面白くないと気付いて止めたらしい。その癖全体を書き直すのは面倒くさいらしい)・・・駄目だなあ。

さて。
黎明編の終了後、友人から「次は未来編なの?それともギリシャ・ローマ編なの?」という質問を受けまして、その時は「火の鳥じゃねえよ!」と応えたのですが、折角のネタ振りなので、乗っかって「乱世編」にしてみました。
内容とは特にリンクしておりません。悪しからず。

ということで今回はこれまでですが、次回からは乱世編です。
高校を卒業してからの我々の足取りを、ひとりひとり列伝形式で追っていってみたいと考えています。
最初に取り上げる人物はカリフラ沢ブロッ子こと吉澤君の予定。

当然、いくら親しくても他人のことですので、分からないところは想像で補うかたちになります。あくまでもフィクションですので、明らかな事実誤認でもない限り本人(モデルの人)からの苦情も却下しますのでよろしく(笑)

あ、もちろん短歌は作りませんのでご安心を!!

というわけで、全国1~数人(ぼくを含む)のネガティヴ活動記録ファンの皆様は次回をお楽しみに(て言うか、一体何人が見てるんだろう、こんなの)。

037:牙(山本左足)

絶・天狼抜刀牙の使い手がまさかトイプードルだったとは

036:右(山本左足)

歴代の防衛大臣達だってみんな読んでる「右向け左!」

035:むしろ(山本左足)

皇帝と同じ苗字というだけでむしろ売りから天下を目指す

短歌連作

短歌連作「夜明け前」

午前

泣き叫ぶことも出来ずに平熱のままで進行していく病

生臭い風吹き抜ける窓際で授業を聞かずに読む「堕落論」

教科書のKenとJaneのようにもう一度「Hello!」からやり直したい

あの人もぼくを見てくれるだろうかもしもここから飛び降りたなら

もし俺が死んでも君は変わらずに「起立・礼・着席」するんだろ

告白も出来ずに現在進行形のままで今日も失恋はつづく

午後

フランレンタイン・デイにて休校日(ってことにして)海を見に行く

立ち漕ぎで坂を上れば鉄錆びの香と灰色に霞む海原

気まぐれな恋人のいる夢を見る テトラポットにひとりで上る

UFOも海底人も出てこない水平線を眺め続けた



汚される前に汚してやることが生きる証と信じていた日

時折は君を想ってすることもある 満月に覗かれながら

木を植えに行きますティッシュペーパーを無駄遣いした罪滅ぼしに

午前二時ひとり下宿を抜け出して校庭で眺めていた星空

なあ月よ 俺は決して寂しくも淋しくもない だけど、さびしい

人生の役に立たない器具ばかり眠る深夜の理科準備室

星座には入れてもらえぬ幾つもの星のひとつが俺だと思う

友情と恋の代わりに錠剤を二粒飲んで無理やり眠る

俺以外全人類が間違っていると信じている夜明け前


高校生の頃のことを思い出して、二十代の終わりごろに作った連作。
改めて見直してみると、まあまあ出来のいい歌もちらほらあるような気もしないでもない。

しかしひとつ確実に言えることは、もし自分がリアルに高校生の時だったら、絶対にこういう歌は作らないだろう、ということ。
もっと直接的で攻撃的な歌を作るか、それとも架空の恋人でも作ってひたすらロマンチックな歌でも作るか。どちらかというと後者の可能性が高い気がする。
そして、夜更けに何もかも嫌になって、書いた歌を破り捨ててメソメソと泣くのだと思う。・・・うん、それだとポエムが短歌に変わっただけでリアルにぼくの高校時代そのままだな。
あ、そういえば、テトラポット~の短歌はブルーハーツの「テトラポットの上」という曲の本歌取りです。あれは良い曲。

全二十首・・・かと思ったら十九首だった。中途半端だなあ。まあ、そういうところもぼくらしくて良いでしょう。よし、寝よう。

034:聞(山本左足)

恐怖新聞よりぼくは饅頭と熱~いお茶とあの娘が怖い

033:滝(山本左足)

滝沢朗(セレソン)になれないままで過ぎていく俺達の迂闊な月曜日

短歌結社ネガティヴ活動記録(黎明編・その5)

第5回です。

黎明編は今回で最後になる予定。されど予定は未定。

高校生の頃、ぼくは家を離れて、学校から徒歩五分の下宿に住んでいた。
学生専用の下宿とあってテレビなどは持ち込み禁止。なので、ぼくは高校生の頃に流行っていたテレビ番組などはほとんど見ておらず、今でもたまに同年代の人との会話についていけないときがある。

その代わりに本を読んだ。
三年間で千冊くらいは読んだと思われる(マンガを入れるとその数倍になると思われる)。

友達も無くテレビも無く、とにかく毎日暇だったのである。
心の友は読書とロック、そして毎晩聞いてたラジオ番組(当時だとニッポン放送。なんといっても伊集院光の「Oh!デカナイト」。オールナイトニッポンは松村邦洋とか電気グルーヴとか)くらい。

読書のジャンルはかなり雑多で、SF、ミステリ、歴史小説、青春小説、純文学等々。なんでも読んだのだけど、短歌はその中に入っていない。
その代わり、というわけではないが、現代詩は結構読んでいた。

当時のぼくはとにかく生きているのが苦痛で、毎日学校に行くのが嫌でしょうがなかった。
今思うと、なんであんなに苦しかったのだろう。
別に苛められていたとかではない。
こう言っては何だが、本をたくさん読んだお陰で学業の成績はそこそこ良かったので、同級生からも「ただの変わり者じゃない」と思われてはいたらしく、距離感はあったものの取り立てて苛められたりからかわれたりした事は無いのである。一目置かれる変人でありました。
なので、クラスメイトたちとの間の溝は、どちらかと言えば自分で望んで作ったものだった筈だけれど。
にも関わらず寂しかった。
誰にも分かって欲しく無いなどと思いつつ、それでも分かってくれる人を求めていた。
・・・実にめんどくさい。

そんな面倒くさい心理状態の答えを求めて、ぼくは一時期哲学書を読んでみたり、宗教学の解説書を読んでみたり、現代詩を読んでみたりしていた。

最初はお決まりの谷川俊太郎。その後中原中也や宮澤賢治に進んで、ある日、吉岡実の「僧侶」を読んで衝撃を受ける。高校二年の春である(引用しようかと思ったけど、長い上に、全部通して読まないとあまり意味の無い詩なので止めた。気になる人は各自探して読んでね)。

それ以降、ぼくは自分でも詩をつくったりするようになる。勿論誰にも見せたりしないし、賞に応募したりもしない。完全に自己満足・・・もとい、自己不満足の産物であった。作れば作るほど才能の無さに打ちひしがれ、書けば書くほど書くのが嫌になった。鬱も酷くなるばかり。

生涯最初の自殺未遂未遂(自殺未遂の未遂。なんとな~く死にたくなった、という程度のもの)を未遂のまま終えた高校三年の夏の午後、
「俺はこのままじゃ駄目になる!!」
と、ぼくことまだ駄目になってない気満々の手遅れセブンティーンは、突発的に下宿屋の近くを流れる川のほとりに降り立ち、三冊あった創作ノートをすべて川原で焼き捨てるという、消防署の方々済みません本当に、な行為に及んでしまった。衝動的な行動であった。

なので今現在、高校生の頃の詩や短編小説の類は一切手元に残っていない。もったいないことをしたものである。
あればこのブログで晒せたというのに。

かくしてぼくの高校生活は終わる。

大学入試センター試験では自己採点で国語193点を叩き出し(1問だけ間違えた)、充実した高校生活を送らなかったのと引き換えに見事国立の岩手大学に入学。理系科目と英語がまったく駄目だったわりには頑張ったほうだと思う。

瀧本は秋田県の私大へ進学。吉澤は紆余曲折あるものの青森県の印刷屋へ就職し、藤井君は東京に出て行って紆余曲折していくことになる。

ぼくたちは、まだまだ短歌を作らない(笑) 次回があるとしても、まだまだ短歌結社は結成されないのだ。
何一つ、期待してはならない。









032:詰(山本左足)

詰め将棋のように事は運ばないぼくらの日々の正着はどれ?

031:大人(山本左足)

大人には見えない星を指差して今日もあの娘は「なー!?」って笑う

030:敗(山本左足)

敗れても敗れてもなお前を向く不知火守のようでありたい

29:座(山本左足)

必殺技の名前が無駄にカッコいい自称レティクル座の聖闘士

人称代名詞についてとか

知ってるか?

土星の輪って巨大UFOの編隊で出来てるんだぜ!

・・・嘘じゃないよ。昔矢追純一がTVで言ってたもの。

どうも、山本左足(やまもと・ひだりあし 1975~????)です。

ここ数日ずっとシャワーの出が悪いのに悩まされっぱなしでした。
無理やり捻り出しました。詰まりが解消されて、スッキリとした気分。

あ、現実世界の話じゃないよ。題詠2012のお題の話です。

さて、今回は暇潰しに雑談を少し。

人称の話などを。

このブログの記事を書くとき、ぼくは、基本的に「ぼく」を使う。平仮名のぼく。
まあ、平仮名なのはなんとなくです。
ツイッターでは「俺」。漢字の俺です。漢字なのは文字数を減らすためと、後はまあ、なんとなくです。

もともと、硬い文章を書くときは「ぼく」、くだけた文章のときは「俺」が自然と出てくるのだけれど、たまに混乱して、ツイッターなどでも、たかが140文字の中に両方の人称が出てきてしまうときがある。
このブログを書くときも、かなり意識して「ぼく」を使うようにしている。人格が安定しないのも、なかなかどうして結構大変なのである。

他の人はどうしているのだろう。少し本棚を見てみる。

文学者、評論家の小谷野敦は著書「軟弱者の言い分」のなかで、そのものずばりな文章を書いている。タイトルは「私は『ボク』ではない」。この中で、彼は次のように書いている。

中学生のころ、「フェミニスト」だった私は(「フェミニスト」といっても、「女性解放論者」ではなく、男女平等主義者だった)、男と女で一人称が違うのは良くない、と考えて、その頃から「私」を使っている。
(中略)
だいたい大学生くらいならいざ知らず、なんで三十過ぎた男が「ボク」なのであるか。(以下略)

以上、晶文社刊の単行本21~22ページの内容を抜粋。なるほど、という感じ。

続いてはミュージシャン大槻ケンヂ「猫を背負って町を出ろ!」角川文庫(あ、一人称で書かれてるエッセイっぽいものを本棚から適当に選んでるんで、特に選択の基準などは無いです)。
こちらは漢字の「僕」と片仮名の「オレ」が出てくる。
冒頭の一文、ロックシンガー、カート・コバーンの自殺について書かれた「カート」などは「僕」、自らのロックミュージシャンとしての歩みを「いかにして女とヤるか」を軸に赤裸々に綴った「餓狼伝」シリーズなどは「オレ」である。硬いときとくだけた時とで使い分けている印象。
因みに、「カート」は本当に良いエッセイだと思うので、ロックファンは一読の価値有りです。

最後は歌人の穂村弘「本当はちがうんだ日記」集英社刊の単行本。
このなかの一文「俺についてこい」を読むと、地の文では「私」、会話文の時は「僕」という使い分けになっている。タイトルの「俺」は文中に出てくる友人の一人称。そのほか昔付き合っていた彼女の話も出てきて、その彼女の一人称はやはり「私」。
こう書くとごちゃごちゃしてそうな印象だけどとても読みやすく面白い。さすがほむほむ。

さて。残念ながら(?)、今日チェックした三つの本には平仮名の「ぼく」は出てこなかった。

俺こそが「ぼく」の第一人者であると言わざるを得ない!
(「私」は、なんか気取ってる気がして抵抗があるんですよ)

・・・本当はここから二人称の話とか短歌の話に繋げる予定だったんだよなあ。なんで長々とこんなどうでもいいことを書いている!(今回引用した本がどうでもいいってことではないですよ、念のため)

自分の文章力の無さに絶望したのでもう寝よう。いつか気が向いたらまた何か書きます。

にしても・・・、長いだけで内容の薄い文章になったなあ。何はともあれ長すぎる。反省。(文中敬称略)

028:脂(山本左足)

究極のメニューなどより牛肉の脂身丼に惹かれる夜更け

027:損(山本左足)

黄昏の流星となる俺たちが摑み損ねた夢のいくつか

026:シャワー(山本左足)

右腕がシャワーヘッドに変化して血の雨ばかり浴びる日常