鈍く輝く!ベストツイートアワード2014 part.2 短歌編

おばんです。どこから見ても山本左足です。

今日はベストツイートアワードの第二夜ということで、この一年間にツイッターに投稿した短歌を月別に見ていこうと思います。昨日の二人をまた出すと収拾がつかなくなるので、今日は俺が仕切りますよ。よろしく。

【一月】

アンハッピーでもニューイヤーこれ以上悪くなる事など何もない

という短歌ではじまった2014年。実際には勤め先の経営母体が変わったり、それに伴って勤務形態が変わったり、それによって元々少ない給料が更に減額されたり・・・と、かなり悪いこと続きだったなあ。精神状態も悪化の一途をたどり、ツイッターでもダークな呟きを連発。いろいろ、ご心配をおかけしました・・・。現状、特に改善もされてませんが、来年もよろしく! って、まだ一月を振り返っているところだった。気が早いw

え~、気を取り直して。一月にツイートした短歌のなかで一番高い点数(リツイート+お気に入りの合計点)を出したのは次の歌。

雨が雨を追いかけながら降ってゆく誰もが誰かを想う夜更けに

田中ましろさんが発行しているフリーペーパー『うたらば』のvol.09【水】に投稿した没歌。うたらばには6冊目の【入道雲】から投稿を始めて以来なんだかんだで毎号佳作以上に選ばれていたのですが、ここにきてはじめての全没。結構凹んでいたので、この歌がいろんな人にお気に入りに登録されたのは嬉しかった。
以下、一月に詠んだ主な短歌。

約束の丘を削って造られた約束の分譲住宅地

誉められて伸びるタイプじゃないけれど叱られたなら縮むタイプだ

いくつかの断絶を経て辿り着くここもやっぱり雪の降る町

絶対に負けない強い精神でどんな可能も不可能にする

しあわせは歩いてこないくせにすぐ歩いていってしまう生きもの

本棚と本のあいだにどうしても出来るすき間のような寂しさ

さようなら 僕が残した足跡もこの雪がすぐ消し去るでしょう

友人の代表として新郎に左フックを贈呈します

新しい星を発見するようにまた新しい悲しみを知る

誰よりもさびしい歌をうたいたい陽に当たったら消え去るような

諦めろ無駄だ止めろと声がする何故だか俺の声に似ている

終点にたどり着いても鉄錆の匂いばかりがする海だろう


【二月】

やると見せかけてやらない。やらないように見えてやらない。実はやらない。と言っておきながら、やらない。やる時はやるけどやらない。いつやるの!?やらない。(二月六日の呟き)

・・・やれよ。二月、ツイッター上で行われた短詩の投稿イベントで呟いた短歌が今年一番の点数を記録。イベント補正ですね。その歌は大晦日にツイッターで行われる「紅白短歌合戦」に出したのでここでは非公開。明日を楽しみに。次点だったのはこの短歌。

消えてくれそしてそのまま俺の目に触れない場所でしあわせになれ

正直、この歌は思ったよりずっと好評だったな、という印象。あまり考え込まずにさらっと詠んだほうがいいのかもしれない。以下、二月の主な短歌。

もう二度と会わない予感雪解けの水が再び凍ってしまう

畑から手を振る母の胸元に少しかすれたMETALLICAの文字

夜がきて螺旋階段降りていくようにまた鬱 生きていかねば

寒いとき着る服ならばあるけれど寂しいときに着る服が無い

見つめあうマネキン二体を見つめてるあのマネキンの服を下さい

どうしよう家に居るのに帰りたい窓という窓が夜に沈んで

「神様」と呼んでみたけど白猫は振り返らずに行ってしまった

冬に吹く風は冷たいほうがいい 「俺たち」なんて言うな気持ち悪い


【三月】

・鶏肉が無いからというだけの理由で豚肉を入れてはいけない  山本左足語録『いい女を抱きたいと思うな、抱ける女をいい女だと思え』より(三月四日の呟き)

・・・何言ってんだコイツ。翌月からの消費税増税に怯えていた三月。生活が不安定になっていくと共に、短歌のほうもだんだんに不調になっていく。そんな三月の最優秀作品はこちら。

歩道橋からいつまでも手を振ったさよなら三月またきて四月

三月末日に詠んだ歌。これは好きですね。「好きな自作TOP1000」に入るほど。・・・自作が好き過ぎるんだよなあ。ほかの短歌もどうぞ。

靴底が磨り減るだけの毎日を行きつ戻りつして春の雪

君に降る雨が好きです君に吹く風も好きです 春が好きです

ねむりとは帰郷を約束された旅 ならばとびきりシュールな夢を

ただし切り捨てられた小数点以下の行方など気にしなくてもよい

もし君が望むならこの関係は「こちら側のどこからでも切れます」

雪として生まれて川として生きて海として死に空へとかえる

さあ今日もぼくとあなたの境界をあやふやにしてしまう遊びを

「男とは不完全な作物」とのタモリの声で目覚める火曜


最後の一首はだいぶ昔に作ったやつですが、part.1で『いいとも!』終了に触れなかったので、一応。

【四月】

新鋭短歌シリーズ第二期のラインナップを見て、周りがどんどん進んでいくのに自分ひとり停滞しているようで、応募した訳でもないのに何故か落ち込んだりもしたけれど、私は元気です。(四月二十日の呟き)

新鋭短歌、二期も好評ですね。俺はまだ『サイレンと犀』しか読めてないですが。いずれ全巻揃えたいなあ。
四月は短歌の数自体とても少なかった。絶不調の時期。一位だったのはこちら。

罰ゲームみたいに花は降りしきり駅への道が分からなくなる

その他の優秀作品はこちら。

春の雪身投げのように特攻のように降ってはただ消えてゆく

人生は例えるならば入り口と出口だけある手描きの迷路

細菌の目で見たならば大いなる鍾乳洞のごとき虫歯か

目に見えぬ傷を誰もが持っているシャッター街の春の夕暮れ

歩くしかないから歩く春の道ただシンプルにお前が憎い


一位の短歌も含め、ほとんどが29日に詠んだもの。その日は岩手県北上市にある「日本現代詩歌文学館」に行ったのだった。あそこは良いところ。皆も行こう!短歌も出来るぞ!

【五月】

ボーイたるもの、ガールとミーツしてなんぼだよなー。(五月二十日の呟き)

アニメ映画『サカサマのパテマ』を見つつ。五月も全体的に低調。たぶん一番読まれたのは『みずつき』という合同歌集に出した連作なので、先にそれを載せておきます。

『陸棲魚』

「俺達」と君が言うとき潮騒が少し遠のくような気がした

ぼくたちはきっと何かの手違いで陸に産まれた魚の仲間

永遠に続く遠泳 生きているほうがいいって言い切れたなら

路上にはレプリカの月 流れなかった涙はどこへ消えるのだろう

また雨が降りそうな空さびしげな月が体育座りをしてる

夕暮れの雨は冷たいこの次は人間なんかに生まれるものか


ツイッターに流したなかで一番点の高かったのはこれ。

どうせなら打たれる前に響きたい恋なんてほぼ暴力でしょう

ついでに他のもどうぞ。

夜行からひとり降り立つ東京は僕にはいつも朝焼けの街

とろとろと町は弱火で煮込まれてとろけるような眠りにおちる

風呂上がりにカップアイスを二個食える自由のほうを僕は選んだ

流れ星2000個分の成分を配合「オネガイカナエタミンC」

この橋を渡り終えたら春になる いつか君にも手紙を書こう

「錯誤」から「ラブ」へと至る道のりに佇んでいるゴリラ一頭

ナチュラルに傘を盗んでいくような人から順に死にますように

けれどまた大きいつづらを選ぶだろう夢なら何度見たってタダだ


【六月】

飲んだくれマン参上!とう!

参上して早々なんだが、もう限界だ。地球の平和はお前らが守れ!おやすみ!(六月二十九日の呟き)

黙って寝ろよ。part.1でもチラッと触れましたが、六月は鬱の極地。遅れてきた五月病。ということで短歌も不調の極み。更に、一位の短歌がこれ。

「死にたい」と「生きていたくない」の間の狭いけれども深すぎる溝

・・・うん。その他の短歌もどうぞ。

ごめんねを言うひまもなく六月の三遊間を吹き抜ける風

箱の中にまた箱がありいつまでも君の本音に辿り着けない

ロッカーの名札を外し振り向けば誰の為でもない道がある

忘れ物をしてきたような気がします入道雲のあのてっぺんに

ぎこちなくハイタッチする気まずさに耐えられなくてガターを狙う

爽やかな朝に似合いの爽やかな死因を探すコンビニ帰り

今日午前あらゆる恋が成就して倫理も論理もどこかへ消えた


【七月】

「○○と出会って幸せになりました」と言える人は、たとえそれと出会わなかったとしても別の何かと出会って幸せになるんだと思う。(七月二日の呟き)

俺は短歌と出会っても現状維持が精一杯!七月の最優秀作品はこちら。

ポケットがお腹に付いているネコがネコのなかではいちばん好きだ

これは大阪で行われた「大阪短歌チョップ」というイベントに関連したツイッターの企画に投稿したもの。元々は岡野大嗣さんの

散髪の帰りの道で会う風が風のなかではいちばん好きだ

が本歌です。原作に遠く及ばないながら堂々の月間一位を獲得。サンキュー大嗣。『サイレンと犀』良かったです。他の優秀作品はこちら。

夏空を雲入道がのしのしと歩み行くとき雷は鳴る

本日の雲は相当カロリーが高そうな色と形をしてる

(生きていることが罪ではないのなら)どんな悪事もしない休日

どうでもいい人からどうでもいいメールがきて、どうでもいいなあと思いました

CMの後もまだまだ続きます父と母との無言のケンカ

またしても時代が俺に追いついて何周遅れかもう分からない

「また後で」なんて言うんじゃなかったなどうせ止まない雨なんだから

看板に線を一本書き足して「ホームファッション ヒトリ」にしたい

繋いでる手を離したら死んじゃうの?もしもそうなら俺が悪いね


【八月】

夏休みが短いんじゃない。人生が長すぎるだけさ。(八月十六日の呟き)

東北歌会に大遅刻したのが記憶に新しい。来年もあるなら遅刻だけはしないようにしたい。あと、一席に返り咲きたい。
最優秀作品は、これもツイッターのイベントに投稿したやつ。

巻き戻しボタンを押せばサイダーの泡のように立ち上る雨粒

枡野浩一さんの企画した「三ツ矢サイダー短歌」に投稿したもの。有名人に乗っかってふぁぼ稼ぎ。その他の(個人的)お気に入り短歌はこちら。

似たような形に病んでいくことを愛と信じてひらく朝顔

大きめの石ころみたいな感情をつま先で蹴る 行けるとこまで

この夏も清く正しく一人きり かえるのうたがきこえてくるよ

街路樹は静かに語るもう二度と帰ってこない風との日々を

ミサイルが地図の彼方へ飛び去って夏の行方は誰も知らない

おっぱいを揉ませてもらったその夜にゲリラ豪雨で溺れ死にたい

行くあても帰るところも無いのならそこがあなたの居るべき場所だ

さらば夏 良いところだけ見せようと思ったことが間違いだった

あの夏のカラーひよこも死に絶えて空のケージを吹き抜ける風

大丈夫またはじまるさ はじめるさ 冷やし中華のように僕らも


一字空けが多いな・・・。

【九月】

一日一偽善(九月九日の呟き)

達成できてないなあ。九月はツイッターに流した短歌の数自体が圧倒的に少なかった。一位の短歌はこれ。

雨雨雨雨雨雨雨あのひとを乗せて走っていく終電車

「雨」を横に連ねると電車の絵文字にならないかとおもって。九月はいしがきミュージックフェスティバルがあったね。フリーライヴの割には出演者が豪華なイベント。来年も見たい。その他の短歌もどうぞ。

オーイェー!って振り上げた手に一匹の蜻蛉が止まる秋の夕暮れ

喫茶店のいつもの席でぼんやりと予報どおりに降る雨を見る

茶封筒コトリと玄関口に落ち郵便受けから秋がはじまる


・・・少ない。

【十月】

恋人との身長差は10〜15cmくらいがちょうどいいのではないか、という話を聞いた。という事は身長180cmの俺の場合190〜195cmの女性が一番いいわけだ。なるほど、そりゃあ見つからないよなあ…。(十月二十四日の呟き)

可愛ければ2mでも大丈夫ですよ、俺は。十月の最高得点歌。

一人きり生まれて死んだ人がいて幸せだったと誰も知らない

その他の作品。

「さびしい」と言うためだけに現れてタイムラインに雨を降らせる

俺を轢き殺さない車が次々と冷たい夜の国道をゆく

絵に描いたようなさびしさ人類もどうせいつかは滅びる種族

死にたくはないけど生きる術が無いあなたと、コンビに、ファミリーマート

月だけが明るく光る標識の子どもが行方不明の夜に

夢という字のなかにある夕暮れに帰りたくなるこんな夜更けは

女なら星の数ほどいるけれど俺は宇宙飛行士ではない

Beef or Chicken or Die 願いなど叶うと思うほうがおかしい

ファッキンジャップくらい分かるよ夕暮れの風に心は乾いていても

君んちの九官鳥が「死ニタイ!」と連呼していた件なんだけど

秋深し恋愛脳の馬鹿どもにすれ違いざまビンタがしたい

銀の星にぶく光っているばかり 君もたまには泣くのでしょうね


九月の反動か、それなりに豊作。

【十一月】

♪ぼんくらなまんま生きている 生きているから辛いんだ ぼんくらなまんま生きている 生きているから苦しいんだ 手のひらを太陽に透かしただけで 一回二十円呉れませんか? ミミズだってオケラだってアメンボだって みんなみんな生き物として俺より格上(うえ)だー (十一月三十日の呟き)

基本的にずっと低空飛行だと思っていたけれど、こうして月ごとに見ていくと、それなりに上がったり下がったりが激しい。不安定な毎日。十一月は野球も終わってしまって暇になったらしく、下らないネタツイートが激増している。短歌は相変わらず。

真ん中にifがあるから辛うじて今日も僕らのLifeは続く

十一月の最優秀作品。個人的にも好きな短歌。盛岡の町をほてほてと歩いている時に、ふとホンダのlifeという自動車が目に止まって、それから一時間くらい、「ああでもない、こうでもない」とぶつぶつ言いながらさまよって完成させたやつ。端から見てると完璧に不審者だったと思いますね。皆も変な人には近寄らないように。

空欄にどんな数字を入れようとひとりぼっちの秋の夕暮れ

イコールが見つからなくて永遠に一足す一のままの僕たち

十を知り百を忘れて今すぐにたった一人の女が欲しい

寂しいと言ったら会いに来てくれる誰かが居れば寂しいと言う

小さき火をひとつ灯せば尚更に深く激しく打ち寄せる闇

気づいてもなお遠ざかるあの船を希望と呼んでいた時期がある

だとしてもありますように君だけに陽が差すようなその一瞬が

液体が満たされていくひとときを死んだまんまで目を閉じて待つ

SECOMしていないあなたの心にも踏み込むことが出来ない夜だ


【十二月】

歩道がでこぼこのままツルツルに凍りついて、歩きにくい事この上ない。「でこぼこアイスバーン」というコンビ名を考えたので、お笑い芸人は使ってもいいよ。
スベってばかりの君たちにピッタリ! (十二月二十八日の呟き)

よくこういう提案をするんだけど、一度も使われたことがない。何故だ!?

もう嫌だ血液ぜんぶ精液に変えて激しく射精して死ぬ

これは題詠ブログで作ったやつなんで、厳密に言うと十二月の短歌ではないんですが、まあ、大目にみて。題詠、去年は完走できなかったんで今年は頑張ったのですが、完走報告を忘れたので結局ゴール出来てない感じに・・・。来年頑張ります。十二月はこれ一首。来年と言わず、明日から頑張る(明日はもう来年だよ、というツッコミ待ち)。

そんな感じです。長々とありがとうございました。もっと作品数を絞ろうと思っていたのですが、(ツイッターと他の場所では評価される短歌も違うし・・・)とか思って、好きな歌を片っ端から載せていったらこんなことに。後悔しているが、反省はしない。

そんなこんなで、来年もよろしくお願いします。ではまた。
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鈍く輝く!ベストツイートアワード2014 part.1

【CM】♪漏斗 漏斗 漏斗~ 漏斗 漏斗 漏斗~ 漏斗で~突~く~

『鈍く輝く!ベストツイートアワード2014ー!!』

さあ始まりましたベストツイートアワード!わたくし司会のギャロップ午田です!そして!

アシスタントの羊田メイです!よろしくおねがいしま~す!

さあではメイちゃん、ぽか~んとしている皆さんの為に趣旨説明をお願いします。

はい!今日は年末特別企画として、山本左足さんがツイッターで一年間に呟いた珍言、奇言、嘘や妄想などの中から、変わり者のフォロワーさんにリツイートされたりお気に入りにされたりしたものを晒して笑いものに・・・、じゃないですね!山本左足さんの名言とともに一年を振り返ろう、という企画で~す!パート1の今回はひとり言部門、明日のパート2は短歌部門を予定しています!

一部音声が乱れたことをお詫びします。集計はかなり適当に、リツイート、お気に入り、それぞれを各1点とした合計点数で順位を出しています。
さて、それでは早速一月から見ていきましょう!メイちゃんよろしく。


はい!田中将大投手がメジャーリーグのニューヨークヤンキースと総額1億5500万ドルという超大型契約を結んだこの月、左足さんは、元日から無意味に落ち込み、飲んだくれ、短歌が出来ないと嘆き、かと思えば唐突に
「おおロミオ、あなたはどうしてロミオなの?」「ggrks」
などと意味不明な発言を繰り返すなど、非常に不安な滑り出しとなりました。また4日に仙台で行われた短歌関係の新年会でも、情緒不安定な振る舞いで周囲をドン引きさせた、と勝手に思い込んで、思い出すたびに一人部屋で体育座りをしていたそうです。
そんな山本左足さんの一月のベストツイートがこちら!


自己肯定できずに育つと、いつしか自分の立ち位置を「嫌われ者」と規定して、集団の中では自然とそのポジションをキープしようとするようになる。そして、たまに好意を向けられると、ポジションを失うことに対する不安と恐怖に駆られて心にも無い言動に出る。嫌われると、深く傷つきながらほっとする。

・・・暗っ!新春から暗い!本人曰く「俺よりも、この呟きを気に入ったフォロワーのほうが暗いんじゃ・・・」ということでした!

ありがとう!ここまでで既にソー・ロング。さっさと二月よろしく!

はい。世間が佐村河内守と羽生結弦に夢中だったこの月、左足さんは毎年の恒例行事としてバレンタインデーに対する罵詈雑言を無我夢中で呟いて、いや叫んでいました。しかしベストツイートはバレンタインとは関係ありません。こちらです!

冬の夜が好きだ。誰も居ない街が好きだ。誰も照らさない街灯が、誰も守らない信号機が、誰も渡らない歩道橋が好きだ。足元を走り去るトラックが好きだ。無灯火の自転車だって好きだ。ゴミを捨てにくる奴は嫌いだ。書き割りみたいな月の下で飲む缶コーヒーが好きだ。自分のことは嫌いだ。君は好きだ。

ポエムです!おっさんのポエムwワロス!

OKナイスポエム!三月に行こう!

消費税率アップを翌月にひかえ、何かと慌しい年度末、左足さんは新潟県で行われた「空き瓶歌会」のゲスト選者という大役を仰せつかったものの、現地に赴く勇気もないまま、ネット上に感想文だけ公開して、部屋でリアルにがくがく震えていたそうです。ベストツイートはこちら!

帰路、信号待ちしていたら通りかかった酔っ払いの兄ちゃんに「ねー、なんで左右別々の靴なの?ウケんだけど」と言われたので、「右が今日のラッキーカラーで、左が明日の。もうすぐ日付が変わるからね」と応えた。「ウケるー!」って言ってた。楽しんでいただけて何よりw

精神的にアレな山本左足さんが、左右別々の靴を履いて出かけてしまう、という奇行をおこなった時の珍事件ですね。ちなみに、靴を別々に履いての外出は実はこれが3回目だそうです。もう、いろいろと手遅れですね!

Oh、三月馬鹿!じゃあ引き続き、四月馬鹿のベストツイートもよろしく!

はーい!SMAPならぬSTAPの小保方リーダーにアイドル的な注目が集まる四月。いよいよ本格的にプロ野球シーズンとなり、もう短歌とかどうでも良くなった左足さん。「フォロワーが減った。何故だ!?」としょっちゅう嘆いてますが、自分の呟きがクソつまらないからだということには気づいていないご様子。六月と並んで最低点数でのベストツイート。それがこちら!

以前も書いたことだけど、俺の精神構造はチョロQみたいになっていて、後ろ向きに進みながらゼンマイを巻く→そのエネルギーが何かのきっかけで推進力に変わって一瞬前に進む、という大まかな流れになっている。

昔書いたことをそのまま繰り返しているだけ!無意味!無意味な四月!

ん~、まだ半年分も終わらないうちに断言するべきじゃないかもしれませんが、この企画、ミステイク!気を取り直して五月へ行こう!

チャゲアスのアスカがSAY YESしちゃった五月。左足さんは短歌研究新人賞に出すための歌稿を纏める作業に疲れ果てて、ガリガリくんを貪り食っていた模様です。神頼みも空しく、今年も二首掲載でしたねw ドンマイw ツイートはこちら。

高校生のスポーツでサッカーが一番メジャーな競技になったら、短歌甲子園じゃなくて短歌国立競技場という名称になるんだろうか。

なんないと思うよ。ふたつの意味で。

もはや完全に自虐企画。発掘、過去の赤っ恥!六月に行っちゃおう!

世間はサッカーW杯一色!でも左足さんは鬱まっしぐら。仕事帰りに「もうどこにも行きたくない、家にも帰りたくない、何もしたくない、今すぐここで死にたい」とか言ってます。男なら、不言実行だゾ!それはさておき、都議会で下品な野次を飛ばしたオッサンのことをいろんな人が下品な言葉で罵っていたのもこの月ですね。ツイートはこちら!

「あ!?君づけとかてめぇマジ舐めてんのかよ!『ガリガリさん』だろうが!!」

・・・意外と元気そうじゃない。てかどんだけガリガリくん好きなの?ジャンキーなの?SAY YESしちゃうの!?

ガリガリくんは、食べ過ぎない限り人体には無害です!七月!

自称芸術家が3Dプリンタでコピーした・・・マン、PにGスポ・・はあるかという話題が一瞬世間を賑わせた七月。いろいろお騒がせの短歌研究新人賞が発表されて悲喜こもごも。それはいいんだけど、かすってもいない左足さんまで何故か落ち込んでいました。だから二首掲載だってば。ツイートはこちら!(ちょ!この原稿書いたの誰よ!?完全にセクハラじゃない!・・・左足?左足なの?)

盗んだ俳句を賞に出す 宛先も分からぬまま 迂闊にも本名のままで 定型に縛られたくないと 逃げ込んだこの夜に 自由律になれた気がした 575の夜

・・・これは良いじゃない。

Oh、メイちゃんツンデレ!八月よろしく。

夏の全国高校野球大会が開催されて、例年ならいよいよ野球のことしか言わなくなる季節。ですが今年の左足は意外と短歌づくし。二回目の東北歌会に大遅刻したり、こっそり見に行った短歌甲子園で一回り以上歳の離れた相手に話しかけられてキョドッたり!大丈夫、誰もお前のことなんか眼中に無いゾ!ツイートはこちら!

やっぱり俺も高校生の頃に短歌を始めたかったなあ。そして盗んだ俳句を賞に出したり、束ねた短冊で夜の校舎窓ガラス壊して回ったり、軋むベッドの上で優しさを持ち寄ったりしたかった…!

また尾崎!?ネタの使いまわしが酷いわ。だいたい今の高校生はあまり知らないんじゃないですか?あたしだって・・・、ギリギリ、知らないし。うん。年齢サバ読んでなんか無いわよ!

そんなことより、俳優のロビン・ウィリアムズさんが亡くなられたのも八月でしたね。ご冥福をお祈りします。九月へ行きましょう。

はい!第2次安倍改造内閣が発足した九月。テニス全米オープンの決勝進出という錦織圭選手の快挙に日本中が沸き立つなか、左足は盛岡のいしがきミュージックフェスで見た竹原ピストルが良かったと力説して、なんか暑苦しい感じになってました。なお、テニスは見てないそうです。この非国民め!ツイートはこちら!

オザケンが雑誌のインタビューで「三流SF文庫が好き」みたいな話をしているのを読んだオーケンが(これは三流じゃなくてサンリオと言ったんじゃないのか?)と思った、みたいな話を何かのエッセイで書いていたような気がしないでもない、と思いつつ『サンリオSF文庫総解説』をちらっと立ち読み。

本人曰く「曖昧な記憶に頼って書いた不確かな情報なのに、SFファンの人たちに沢山リツイートされて軽く泣きそうになった。家に帰って確認したら、『猫を背負って町を出ろ!』(角川文庫)の168ページに、

(前略)「ホットドックプレス」誌の小沢健二インタビュー。彼の愛読書が「三流SF文庫のフィリップ・K・ディック」とあるが、こりゃアンタ「サンリオSF文庫」の誤植だろう。(以下略)

と書いてあって、九死に一生を得る思いだった。あまりテキトウな事は言わないほうがいい。あと、『サンリオSF文庫総解説』は買ってない」ということでした。ふーん。


OK!デーモン・オーケンのラジオ巌流島!十月にGo!

プロ野球のペナントレースが終了。楽天イーグルスが最下位になり、絶望に沈む左足。もう何の生きがいも無いみたいなことを言いながら、舌の根も乾かないうちにクライマックスシリーズだのドラフト会議だのまあ喧しい。あ、あと『短歌雑誌ネガティヴ』-15號がついに発行されました!待っててくれた皆本当にありがとう!大好き!左足さんのベストツイートはこちら!

愛してくれなきゃいたずらするぞ!

・・・へ?これってあの、ハロウィンの?・・・。百歩譲って、愛し合ってる相手にいたずらするならまだしも、愛してくれない相手にいたずらするの?いたずらって・・・。えぇ・・・。気持ち悪い・・・。

ワオ!セクシャル・ハラスメント!・・・じゃないと思うよメイちゃん。可愛らしいいたずらだよきっと。十一月、よろしく。

はい。十一月十日に高倉健さん、二十八日に菅原文太さんと、日本映画の黄金期を支えた名優が相次いで亡くなられました。ご冥福をお祈りします。
二十一日には第2次安倍改造内閣が解散。「アベノミクス解散」と言うらしいです。
えーと、アレのあれは下のソレです。


作品と作者は分けて考えるべきだとは言っても、やっぱり結びついている部分も相当あるわけで。作品を通して(受け手の中に)描かれる作者像なんてものはほぼ幻想なんだけど、作者はその幻想をある程度まで引き受ける覚悟が必要なんだと思う。

これに関して本人は「旬の話題に乗っかりたくてつい・・・。そもそも自分自身がそんな覚悟を持っていないのに、軽々しく言うべきじゃなかったかもしれない」と弱気のコメントを残しています。

メイちゃん、腹式呼吸!腹から声出していこう!最後だから!十二月、十二月だから!

はーい。

一日、今年の新語流行語大賞が発表されました。年間大賞は「ダメよ~ダメダメ」と「集団的自衛権」です。左足とかいう変な名前の人は、ツイッターよりブログのほうがいいとか言い出して最近はめっきり呟く回数も減った様子。もう止めちゃえばいいのに。ツイートはこちらで~す。

そういえば、昔「モロダシ・ボン!」というタイトルのアダルトビデオを見たなあ。…寝る。おやすみなさい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

メイちゃん。お仕事だから。鬼を睨み殺すみたいな目をするのは止しなさい、ね。

・・・・・・・・・・・・。

・・・、以上、『鈍く輝く!ベストツイートアワード2014』でした。シーユーネクスト、バイバイ。

2年前の冬の

おばんです。

いつも携帯電話のメールを保存するところに短歌やメモの類を適当に放り込んでおくのですが、今日ついに「保存件数が一杯で登録できません」と言われてしまった。
なので要らないフォルダを黙々と削除していたらもうこんな時間。
中に「愚痴」というタイトルのフォルダがあったので見てみたら、2年前の冬に書いたらしい愚痴が綴ってあった(笑) 折角なので、削除する前にその内容を公開したいと思います。自虐プレイ大好き!

12/23

今日はこれから青森でサニーデイサービスのコンサートなんだけど、朝からちょっと気分が悪い。一週間くらい前、ツイッターに

真っ直ぐにきみのところへ落ちてゆく物理法則ぜんぶ無視して

という歌を流したんだが、ちょっと類型的すぎる気がして。似ている歌がありそうだなあ、と思っていたら、今朝T氏から「○○さんの歌に似ているね」と指摘を受けたのだ。案の定。

別に怒る筋合いのことでは全然無いのに、何故か理不尽な怒りが渦巻いている。もちろん一番は自分自身への怒り。

似たようなものがありそうだと思った時点で発表を思いとどまらないといけない。だいたい、自分の心からの叫びでない借り物の感情を歌うからこうなる。この怒りを歌え。日々の不平不満をこそ歌えよ。

最近やらかしすぎだ。最悪だ。もちろん誰も悪くない。短歌は大事。俺は俺の感情を歌わなければ。
でも正直腹が立つ。どいつもこいつも俺より先に似たような歌を作ってんじゃねえよ!それも俺より上手に作ってんじゃねえよ!畜生が!

表現のオリジナリティ。努力あるのみ。以上愚痴終わり!


・・・だとさ。

さて、それではこの愚痴を携帯電話から削除して俺は寝るよ。おやすみなさい。

深夜、あるいは早朝の即詠

今日もまたスピーカーから死者の声ロックシンガーだった男の

研磨機に五分かければ人生の傷も残らず綺麗に取れる

清潔な布できれいに拭き取れば夢のつづきも見れるだろうか

本棚に買った記憶のない本が並び続けていく十二月

忙しい現代人のためにある「一日分の感動」サプリ

ハンガーの上着は俺が身に着けていた時よりもシャンとしている

ほわっとあわんだふるわー/%+&'$\ew\!t.m*@z&#p?~,?/るど

数限りなきパラレルワールドのなかで数限りなく死んでいく俺

なんとなく

おばんでがんす。

今日はネタが無いので、心に浮かんだことをダラダラと書き連ねていこうと思う。出口の見えないまま。

勤務先で、バイトの子が怪我でしばらく出られなくなった、と聞かされた。幸い大怪我ではないようだが、足の怪我で歩けないのだという。年末年始は休みなく出ているので、一月はちょっと怠けようと思っていたのにアテが外れた。もうちょっと出る日数を増やさなければ。
他のバイトやパートの子たちもそれぞれ人手不足をカバーしなきゃならなくなって、休みがずれるだの予定が狂うだの阿鼻叫喚の有様だったが、俺は特に何の予定も無いのでずれも狂いもしないのだ。羨ましいか。
そんななか、比較的歳の近い女性スタッフが「潤いが無いわー。肌にも人生にも」とボヤいていたが、俺から見れば充分潤ってそうに見えるがなあ。肌はともかく、人生のほうは。恋人も居るみたいだし。
まあ、俺と比べちゃイカンのだろうけど。

中学、高校の頃は間違いなく日本一モテなかった。今の歳ならモテなくて当然だから平気だけど、思春期にモテないのはつらい。女子だけでなく、男子からもまったく相手にされなくて、友だちもゼロだった。今もゼロだが、基本ひとりきりで居られるので平気だ。毎日決まったメンバーと集団行動させられながら友だちがひとりも居ない、というのは、やはりつらい。そしてイタい。

彼女欲しいなあ、とか、俺だって思うわけですよ。高校から駅へ向かう途中にある川原の土手をのこのこと歩いていると、後ろから同級生のカップルが二人乗りで追い抜いてったりするわけですよ。「土手から転がり落ちて川に突っ込め!」と真剣に願いましたよ。叶いませんでしたよ。奴らはあのあと蔦屋(レンタル屋ではなく喫茶店)で仲良くお茶したりするんでしょうよ。俺は『復刻版・あしたのジョー』の12巻を買ってひとりとぼとぼ帰りましたよ。

俺だって二人乗りしたかったさ。違法だからって構うものか。そして蔦屋でコーヒーを飲みたかったさ。ひとりで『復刻版・デビルマン』の3巻を読みながら、ではなく!
(・・・復刻版ブームだったんだな)

昼休みもエブリデイ×3年間ぼっち飯だった、そういえば。女子と机をくっつけて騒ぎながら弁当を食ってる奴らを横目に見ながら(集団食中毒にでもなりやがれ!)と思ったけどならなかった。良かった。

昼休みは神聖な読書の時間。というわけで、新宿に行ったり京都に行ったり自由惑星同盟の首都ハイネセンに行ったり。鋼鉄都市と化したニューヨークにも行ったし、パロの首都クリスタルにも、中つ国にも行った。全力で現実逃避。

そんなある日、クラスの女子が俺んとこへ来て「何読んでんの?」と聞いてきたので「いや、別に・・・」と答えたら、その「に」にポッキーを差し込んできて、「君はまじめだからご褒美にコレをあげよう!」と言って去っていった。俺はその後姿を眺めながら、(苺味・・・)とぼんやり思っていた。たったそれだけのことなんだが、その後の授業がまったく頭に入らず、後日、期末の数学でその日やったところの(と思われる)問題が結構な配点で出題されて、ものの見事に赤点を取ってしまった。
補習中、海から吹きつける生臭い風に晒されながら、俺は思った。

「あれがハニートラップというやつか!おのれあの淫乱女め!」と。

・・・なんだこの話。

青春ゾンビなのだ、要するに。で、この「彼女と二人乗りしたかった」とか「女子と机をくっつけて一緒に弁当を食べたかった」とか、こういうのって、仮にいま彼女が出来たとしても実現できないわけで。一体どうやって成仏させればいいのだろう。教えて除霊師のひと。

まあ、俺は青春どころか朱夏ゾンビも経て白秋ゾンビの状態ですが。玄冬を迎える頃には孤独死して、リアルなゾンビになってそう。笑えねえな。

「青春」の語源を思い出せぬまま鍋でコトコト白菜を煮る

で、結局何が言いたいのかというと、「別に」は止めとけってことかな。そうなのかな。高校生の頃はとにかくそれが口癖で、いろんな人からからかわれたり怒られたりしたけど治らなかった。今はあまり言わなくなったなあ、そういえば。何が変わったんだろう。まあいいか。もう一首思い出したんでそれも載せておこう。

青春を無駄にするなと言うけれど無駄じゃなければ青春じゃない

寝る。おやすみ。

100%…SOかもめ!

おばんです。

いろいろ下らないことを考えていたら、ひとつ大変なことに気づいてしまったので、今日はそれを書きます。まず、次の短歌を読んで下さい。

もうダメだおれはこれから海へ行くそしてカモメを見る人になる (瀧音幸司)

瀧音さんの代表作とされる一首。今日はこの歌について考えてみたいと思います。

この歌のなかで重要なキーワードとなるのはもちろん「海」と「カモメ」です。海は日本人にとって最も身近な異界。「港」は本来「水の門(みのと)」、すなわち人間の世界(陸地)と人間の手の届かない異界(海)とを隔てる出入り口。海への憧れはつまり異界への憧れ。「海へゆく」という作者の宣言は、現実逃避願望の現われと言えます。

海に来れば海の向こうに恋人がいるようにみな海をみている (五島諭)

さて、それでは「カモメ」のほうは・・・、というと、やはり、あの有名な歌が思い浮かびますね。

白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ (若山牧水)

中島みゆきの『かもめはかもめ』や石川さゆりの『津軽海峡冬景色』などを聞いても分かるように、カモメは日本人にとって「哀しい」、「寂しい」という思いを抱かせる鳥。現実逃避のために訪れた海でも、主人公はやっぱりひとりぼっちの哀しいカモメに自らを投影している。その切なさ、やるせなさ。それこそがこの短歌の魅力だ、と、これまではそう思っていたのですが・・・。

実はこの短歌にはもうひとつキーワードがあります。そう、初句「もうダメだ」です。これは何がダメなのか。明示されていないので想像するしかないのですが、結構深刻そうな雰囲気は窺えます。どう考えても小一時間では戻ってこなそうな雰囲気。何がそんなにダメなのか。仕事か、恋愛か。あるいは家族、人生、健康・・・。健康!そこでまず第一のひらめきがあったのです。余命いくばくも無い男たちが海を見に行く、そんな映画があった。
そう、『ノッキン・オン・ヘヴンズ・ドア』。生まれてこのかた海を見たことがないふたりの男が、窃盗したり強盗したりしながら海を目指すドイツ映画。
あの短歌はこの映画の本歌取りなのでは!?映画の公開は1997年、あの短歌が出来た時期よりも明らかに早い! ・・・と思ったのですが、瀧音さんはドイツ映画とか見なそうだし(偏見)、歌と映画の雰囲気が違いすぎる。所詮妄想か、と思ったとき、第二のひらめきが生まれたのです。そう、鍵はドイツ語だ!

カモメはドイツ語で「メーヴェ」、そう、『風の谷のナウシカ』でヒロインが乗っている小型の飛行機械の名称です。ここまでくればもうお分かりでしょう。「海へ行く」の海とはナウシカ世界における「腐海」、「もうダメだ」というのはこの世界そのものを指している言葉だと。となると、カモメを見る人である「おれ」とは、腐海でメーヴェ(ナウシカ)を見守る人、すなわちユパ様!この短歌は『風の谷のナウシカ』の本歌取りだったのだ!謎はすべて解けた!!

このカモメの短歌を最初に読んだときの俺の感想は「なんかつげ義春の漫画みたいな世界観だなあ」というものだったのですが、実際はつげ義春じゃなくて宮崎駿だったんですね。的外れな感想を言ってしまったことを、恥じる。

短歌の感想を書くのは難しい、という話でした。では、おやすみなさい。

鈍く輝く!没短歌フェスティバル2014

おばんです。

2014年も残りわずかとなりました。皆さん今年はどんな一年でしたか。オイラは相変わらず駄目駄目ですよ。

今夜は未発表短歌のお蔵出し。没短歌の在庫処分・・・、左足サンタさんからちびっ子のみんなにクリスマスプレゼントだよ!では、どうぞ!


感情を固体化させる術は無く今日もただぼんやりと悲しい
約束を守れなかった償いはどうすればいい(飛んでみようか)
本日も平熱のまま羽根だけが毟り取られて跡形も無い
絶望と名付けて分かったような気になるなよこれは俺の痛みだ
ぼくはもうとっくに諦めているから風の行方は言わなくていい
なんだ畜生、なんだ畜生と言いながら電信柱を何発も蹴る
人間は七割が水三割が水面に浮かぶ一艘の舟
壊してもいいというなら壊したい夜の会社のガラスの窓を
一日の終わりはせめて美しくありたい 歯磨き粉を絞り出す
この雨は無事に海までたどり着く雨であろうか負けるなよ雨
たんぽぽの綿毛は風に逆らいはしない そういう生き方もある
人間に見えないものを追っていた猫が車にはねられている
「ピーポー車走ってったねまただれかしんじゃう?」そうだねたぶん、大勢
夕焼けと良く似たものをぶち撒けて猫が路上に晒すしかばね
軒下で雨の匂いを嗅ぎながら黒猫二匹寄り添っている
誰に向けることも出来ない愛がある 五月の空へ飛び立て雲雀
「ねえ誰がクックロビンを殺したの?」誰も答えるものはなく 雨
良く晴れた朝には空の鳥籠をひとつ窓辺に置いとくきまり
「ねえ誰が」顔を隠した人々の挙げる無数の手手手手手手手
パーフェクト・ワールドだろう秋風の吹き抜けてゆくこの鳥籠は
ああぼくはどうやら今日も生きていてガリガリくんをガリガリ齧る
行き先が君の家でもハロワでも一歩ずつ死へと近づく心地
このままじゃいつか誰かを殺すからその時はまず自分を殺す
死亡事故多発現場の立て札の根元に落ちている犬の糞
七月の大気はやがて風になる予感に今日もざわめいている
はつ夏の空へ向かって解き放つレース鳩より真っ白な嘘
射精したあともやさしくしてくれる男を選べ(もし居るのなら)
急行が止まらぬ駅の傍らで君を想って暮らしています
目覚めたら日本全国夕暮れで今日も綺麗に出遅れている
歌いたい 光を求め手を伸ばす木立の起こす葉擦れのように
ウェディングドレスの君と教会で出会ってそのまま結婚したい
消え去ってしまったものの行方など告げずに走り去る北斗星
ぼくたちはそれが罪だと知りながら夏の蒼さを測ろうとした
夕焼けと良く似た色をぶち撒けて猫が路上に晒すしかばね
服を全部脱いであなたの逆鱗がどこにあるのか指で示して
定型をほんのわずかに踏み外すように気付けば抱き締めていた
この街に生まれて死んだ人間の数より多く降りしきる雨
思春期をまだ引きずっているような顔であなたは空を見ている
てのひらでそっと掬えば隙間から零れるもののゆくえが気になる
跳躍が飛翔に変わる一瞬を捉えきれずに落ちていく人
福島をFUKUSHIMAにしてぼくたちは地図から色を奪ってしまう
いつまでも春が来ないと泣いてたね苺大福ほおばりながら
血管を真っ赤な嘘が流れてて年に数回注射器で抜く
セシウムを分け合うようにぼくたちは会えば何度も口づけをした
舌先でそっと虫歯に触れてみる 想像出来る痛みが欲しい
いつまでもただ一皿を待っている回転寿司屋のカウンター席
夕焼けは今日も飽きずに西の空つまらなそうなぼくらを照らす
あとだしを一度でもした人間は夢見たものになれないきまり
寂しさは万年雪のようでありたまに雪崩を起こしたりする
ぼくはただぼくとしてある一心に便器を磨くこの夜更けにも
スポンサーロゴを朝陽にきらめかせ西へ向かって飛ぶ爆撃機
確認済歩行物体接近中につき急いで笑顔をつくれ
どれくらい泣いたら海が出来るのか試しているかのような泣き方
春が降る 影のひとつは立ち止まりひとつはそのまま歩いていった
風の中微かに軋むブランコがあなたのようでずっと見ていた
脱ぎ捨てたままの上着に染み付いた別れ話に至る顛末
汽車はもう走り去ったと告げに来る君を殺してやりたい夜だ
神様の棄てた土地にも春が来るここはエデンのはるか東北
そういえばまだ泣き顔を見たことがないからここで泣いてみせてよ
菓子パンで満ち足りている胃袋のすきまにねじり込む君のうた
苛立ちを隠しとおせる器用さが君をいよいよ追いつめていく
風に舞うこともできない紙くずが朝の街路を転がっていく
眠ってる君の胸へと耳をあてじっと聞いてる遠い潮騒
足早に駅前通りを歩み去る永遠の通り魔予備軍として
問いかけの言葉をひとつ飲み込んで閉じた瞼のむこうには雨
ベッキーの笑顔のような正しさで俺を断罪してくれないか
恋人とはじめてキスをするように強張りながら待つウォシュレット
組み立てたあとも残っているネジのその一本が俺だと思う
雨が降れば雨の速度で濡れていく街を歩いて仕事へ向かう
不等号だけを駆使して君はいま何か悟った顔をしている
射精する一歩手前で目が覚めてどうしていいか分からず泣いた
受話器から聞こえる声の端々に夏がキラキラしていて痛い
生まれては死んでまた生まれてはまた死んでいくだけ、サイダーの泡
永眠の永にさんずい偏を足す海を愛していた君のため
Amazonの箱だけ増えていく部屋で眠れないまま目を閉じている
この傷もすぐに忘れてしまうだろう飛行機雲が消え去るように
去る人と去られる人の住む街で去られた人として生きていく
運命と思うほかない出会いだしそれじゃ一緒に飛び降りますか
いつの日かふたり静かな海になる岸辺にひとつ船を浮かべて
立ち漕ぎで坂を上っていく人はただ前だけを見つめて走る


たぶん80首。というか、今年作ったんじゃないのも結構含まれているな・・・。あと、ちょいちょい何かに再利用したのもあるけどあまり気にしないで。

そんなこんなで没短歌フェスティバル2014でした。次は2015でお会いしましょう!・・・没短歌、もう少し減るといいなあ。おやすみなさい。

クリスマスソング

メリーですか!?(A猪木風に)

・・・ゴメン。こんな日にこんなブログを読んでるような奴らは間違いなくクリスマしてないよね。知ってる。

テレビでも有線でも毎年毎年毎日毎日同じクリスマスソングばかり流して、心底うんざりする。かといってアンチクリスマスソング的なのを聞いても余計に虚しくなるばかりだし。

いつもなら「クリスマスなんて無かった」と言って過ごすところですが、それもなんだか大人気ないので、ここはひとつ、「テレビや有線ではあまり流れないクリスマスソング」を何曲か紹介して、俺なりにクリスマスを祝おうと思います。パーリーなバーレルなんか無くたっていいじゃない!

The Pogues : Fairytale Of New York

アイリッシュ・パンクの代表的バンド、ポーグスのヒット曲。イギリスでは定番のクリスマスソングだそうですが、成功を夢見てアメリカに渡ってきたアイルランド移民の夫婦が、夢破れ、酒とギャンブルに溺れて・・・みたいな内容の、なかなか暗い歌です。大好き。




My Chemical Romance : All I Want For Christmas is You

昨年解散したポップパンクバンドによる定番曲のカバー。このバンドの『The Black Parade』というアルバムは本当に名盤。この曲は入ってませんが。




Bad Religion : Little Drummer Boy

世界最大のパンクロックレーベル、エピタフ・レコードを立ち上げたことでもおなじみ、パンクロック界の大御所バッド・レリジョンが2013年に発表したアルバム『Christmas Songs』より。女、子どもに媚びない骨太な演奏が素敵。




Aimee Mann : Calling On Mary

アメリカのシンガーソングライター、エイミー・マンが2006年に発表したクリスマスアルバム『One More Drifter in the Snow』より。全女性歌手の中でこの人の声が一番好きかもしれない。




はふ。慣れないことをやったら疲れた。youtubeのリンクを貼るだけの簡単な作業かと思ったのに。

最後に一曲有名なのを流して、俺は風呂に入るよ。じゃあ、メリー。

Simon & Garfunkel : Silent Night/7 O' Clock News

短歌雑誌ネガティヴの

おばんです。

今日は冬至だったらしいですね。まったく気にも留めていなかった。夕飯にクリームシチューを作ったのですが、折角だからかぼちゃぐらい買ってきて入れればよかった。
季節感の無い生活をしてますよ。

今日は一日引きこもり。『短歌雑誌ネガティヴ』-15號の短歌を読んで、なんとなく気になるものに印をつけたりしてました。気に入ったものを何首か選んで感想文を書かないといけないのですが、今號は157首も載っているので選ぶのが大変。しかし前回締め切りを大幅に破ってしまったので、今回はちゃんと仕上げたいものです。

てなわけでもう書くことが無くなってしまったので、-15號に掲載した感想文(-14號の感想)をここに載せてみようと思います。なんとなく。

「ネガティヴ-14號の感想など」  山本左足

お久しぶりです。山本左足です。今回も前號の歌の中から何首か選んで感想を書いてみたいと思います。よろしく。

 ではまず◎をつけた歌から。今回は次の一首です。

 52 ロボットが工事を知らせる旗を振る反対車線はおれが振ってる (ユキノ進)

 工事現場の旗振りロボット。愚痴も言わず涙も見せず、疲れもしらないタフガイですが、おそらく単純な動作しか出来ないものなのでしょう。それでもやっぱりそれなりの値段がするのか、この現場には一体しか居ない。で、反対車線は主体が旗振りをしている。
 ロボットでも務まるような仕事を黙々とこなす「おれ」の虚しさとやるせなさが胸に迫ります。自分はロボットと同程度の存在なのか、いや、休憩が必要な分むしろロボット以下なのではないか…などとネガティヴなことを考えてしまうに決まっています。
 事実だけを淡々と描写しながら、そういう主体の内面までも想像させる。それがこの歌の魅力だと思います。

 続いて○を付けた中からいくつか。

 22 風呂に入ることも忘れておとうとがジャンプを買ってこないのをなじる (ロンドン太郎)

 内容に関しては特に難しいところはないですね。とりあえず、風呂にはちゃんと入ってほしいです。
 この兄は果たして弟にジャンプ(『週刊少年ジャンプ』ですね)を買ってくることを頼んでいたのか。何となく、そうじゃないような気がします。毎週弟が自分のお小遣いで買ってくるジャンプを勝手に読んでいるだけなのに、たまたま弟が買ってこなかったのを全力で詰っているような雰囲気。もちろん歌のなかにはそこまで書いてないので、これは俺の妄想ですが。そんな兄貴の駄目っぷりが面白い。
 「おとうと」、「なじる」の平仮名表記は主体の(精神的)幼さを表すための工夫として効果的。ちょっとやりすぎな気もしますが。

 34 魂が並んでるいみたいだねと笑って卵を入れ替えた人 (キョースケ)

 怖いです。そもそも「卵を入れ替える」というシチュエーションがよく分からない。どこにある卵を、何のために入れ替えるのか。古いものと新しいものを入れ替えているにしても、それをわざわざ魂となぞらえる必要がどこにあるのか。笑いながら魂を入れ替えるという行為に、畏怖を感じます。

 大きなる手があらはれて昼深し上から卵をつかみけるかも (北原白秋)
 
を連想しますね。全くの余談ですが、この歌を書き込んだとき、「深し」が最初「孵化し」と変換されたのがちょっと面白かった。卵だけに。

 71 半額の上に半額シール貼るからキャベツがしんなりしちゃったんだよ! (ろくもじ)

 …いや、別に関係ないだろそれ。というか、しんなりしてるから半額の半額(ということでいいんだよね?)になってるんだろ、と思いつつ。しかしこの迫力で言い切られてしまうと、何となく頷いてしまうようなところがあります。まるで「半額シール」というものが、野菜をしんなりさせる効果を持った御札ででもあるかのような。力強い口調によって、誰もが疑いもなく信じている常識的な世界を一瞬揺らすことに成功していると思います。
 ちょっと気になるのは助詞の省略。個人的に嫌いなので、ここはやっぱり「半額シールを貼るから」と、「を」をつけてほしいです。ただこの歌の場合は完全に口語体なので、このままのほうが話し言葉としてのリアリズム、勢いがあって良いのかもしれません。

 4 店員が五人全員男性でもうこのCoCo壱に来ない気がする (二葉吾郎)

 店員の人数とか性別とか、そんなのを一々気にする人は少ない筈。この人はいろんな店に行くたびに、「この店には女性店員がいない」とか「制服の露出度が低い」とか「俺の接客を担当するのを嫌がってる」とか、そんなことばかり考えているのだろうか。カレー食えよ。
 ところで、この主体は男性だろうか、女性だろうか。俺は自分が男なので男性目線で読んだんですが、女性だとするとまた違った読みが成立しそうですね。そういえば以前、泌尿器科を受診した際、「医師・スタッフ全員女性」というのを記載しているところがあったのをふと思い出しました。因みにそこが家から一番近い泌尿器科だったんですが、さすがに恥ずかしいような気がしてちょっと遠くにある別の医院に行きましたよ。関連してそうでしてなさそうな余談。

 今回はこんな感じです。いつもよりちょっと短くなってしまいました。まあ、こんな時もあります。
 
 では、今後も『短歌雑誌ネガティヴ』をよろしくお願いします。 

以上です。パソコンに残っていたデータをまるっとコピペしたのですが、原文が縦書きなのでちょっと読みづらいかも。不自然な箇所は一応直したつもりですが。

短歌の前に書いてある数字は前號の掲載番号。作者の名前は掲載時には分からないままなのですが、今回はそれではまずいと思ったので載せました(本当はもう一首の短歌についても簡単なコメントを書いているのですが、作者名が不明のままだったので今回は載せませんでした)。

精神的に絶不調な時期に書いているせいか、意外と普通。本来はもっとくだらない妄想と誤解と偏見に満ち溢れているのですが。次號にご期待あれ。

そんなわけで、俺はもう寝ますよ。おやすみなさい。

ココア地獄

おばんです。

今日も退屈な一日。

買い物に行ったら、ちょっと前に放送していたテレビアニメ『鬼灯の冷徹』のオープニングテーマが流れていたのですが、俺はあの曲の「ここは地獄」というところがいつも「ココア地獄」に聞こえて仕方が無いのです。
なので今日は退屈しのぎに、ココア地獄について考えてみます。なお今回の記事の内容は基本的にすべて冗談で、特定宗教に対するあれやこれやは何もありません。念のため。笑って許して(笑えなくても許して)。

さて。先の曲の歌詞によると、日本の地獄は全部で272箇所あることになっているようです。
この数字がどこから出てくるのかちょっと調べてみました。

まず八大地獄というのがあるようです。それもあったか~い(八熱地獄)とつめた~い(八寒地獄)の二種類があるみたいで、それで十六地獄。

それぞれの地獄は16のアトラクション(小地獄)にわかれているそうなので、16×16で・・・、一杯あるんですよ、うん。

で、合計256じゃねえか!電卓まで使ったのに数が合ってないよ!とちょっとキレ気味だったのですが、よく調べたら、それらの地獄全体を取り囲むように四つの門があるそうで、その門それぞれに四つのアトラクション(四門地獄)があるそうです。4×4で16。それを足すと見事272ですね。なるほど。

まあ沢山あるようなので、その中のひとつにココア地獄ぐらいあるでしょう。

さてココア地獄。ここは生前ココアを飲まずにMILO(強い子のミロ)ばかり飲んでいた人が落ちる地獄。というか、ココア嫌いの人が落ちるところですね。

この地獄の特徴はただひとつ。

飲料にはすべてココアパウダーが含まれる

これです。他は地上とほぼ変わりません。
蛇口をひねればココア。川を流れるココア。海にもココア。空からもココアです。
これは辛いですよ。晩御飯は毎日ココア飯ですよ。おかずもココア肉じゃがとかココア煮魚ですよ。そしてココア風呂ですよ!恐るべしココア地獄!

さて。仏教的世界観の場合「六道輪廻」という思想があるので、地獄も終身刑ではなく服役刑です。期間は各地獄によってまちまちのようですが、きちんとおつとめすれば無事出所できます。目指せ模範囚。ちなみに、一番ハードな無間地獄の場合だと、まず現場に到着するまで2000年、その後「一中劫」の期間責め苛まれればクリアだそうです。
一中劫というのは「一辺約20kmの岩を、三年に一度天女が羽衣で一撫でし、その摩擦で岩が無くなるまでの時間」だとか。「人間界の時間では349京2413兆4400億年に当たる」そうです(wikipediaより)。転生できるようになる頃には地球イッちゃってますね・・・。

ココア地獄の服役期間はどうしよう。半年くらい・・・?長いかな・・・。

今回は仏教的な世界観を元にしましたが、キリスト教的な考え方だと地獄は基本的に終身刑のようです(各教派によって異なるようですが)。永遠にココアです。おそろしい。

悪いことはしないようにしようね。あと、好き嫌いせずに何でも飲もうね。

そんなわけで、以上「ありもしない地獄について考える」のコーナーでした。怒んないでね。

何もない一日

人類の進化に何も寄与しない俺の靴にもナイキのマーク

今日は暖かかった。おかげで雪が解けて、歩きづらいったらなかったよ。

そんだけ。他には何も言う事がない。まあ、そういう日もあります。

明日はもうちょっとちゃんとしたい。おやすみなさい。

推敲 その二

おばんです。

昨日に引き続き、推敲の話。今日取り上げるのは次の短歌です。

楽しくて役に立たないものがいい例えばスーパーボールのような

以前自選30首の中にも入れた(→これ)、お気に入りの一首。

この歌の最初の形は、たしか、

スーパーボールのようになりたい役立たずでも何となく楽しいものに

だったように記憶してます。細部はさすがにうろ覚えですが。

その後、上の句と下の句を入れ替えるような形にして

楽しくて役に立たないものになるスーパーボールみたいなものに

へと変わり、(いや、役立たずに「なる」と自発的に宣言するのは何か違うな…)と思って改良した結果が最初に挙げた完成形。

ほぼ語順しか変えてないのですが、読み比べると違いが分かってもらえると思います。多分…(やっぱり自信無し)。

自作解説が野暮なのは百も承知ですが、あえて言うと、完成形のほうはまず「役に立たないものがいい」と、既存の価値観を否定するようなことを言い、それに対する答えのような感じで「スーパーボール」を出す。それによって読者に「なるほど」と思わせるような仕掛けになっているのですが、一方、原形のほうだと下の句は単にスーパーボールの説明でしかなくなってしまってます。

いやー、語順って大事ですね。

そういうことを意識するようになったのは、穂村弘さんの有名な短歌を読んでから。

終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて (穂村弘)

これを、野暮は承知であえて語順を変えて改悪してみます(済みません)。

改悪例:紫の<降りますランプ>に囲まれてふたりは眠る終バスのなか

何ということでしょう!匠(俺)の手にかかると、あの名作があっという間に台無しに!

穂村さんの歌は、読者の視点誘導が巧みです。まず「終バス」、そのなかで眠っている「ふたり」、更に「降りますランプ」へ。マクロ的なものからミクロ的なものへと視点が移動して、最後「取り囲まれて」で再びバス車内の様子へと戻る。場面の描写が鮮やかです。

対して改悪例は匠(俺)の業。原作とは逆に小さいものから大きなものへの視点移動ですが、大きいと言ってもせいぜいバス車内まで。ぐっとスケールが小さくなります。

更にもう一点。原作を読んだ人は誰もが「走っているバス」を想像すると思います。夜の中を走る終バス。その中でねむり続ける恋人たち。二人だけの世界、と強く印象付けられます。「移動式ユートピア」とでも名付けたくなるような。「降りますランプ」が点っているということは、それを押した第三者が存在するはずなのですが、何となくそれを否定したくなる。乗客どころか運転手さえも居ないバスが、どことも知れない場所を走っている。明けない夜の中を、ねむる二人を乗せたまま、降りますランプを灯し続けたままで。そういう、幻想的な雰囲気を感じさせます。

対して改悪例のほうでは、「降りますランプ」という言葉のほうが先に出てきてしまいます。これじゃバスのドライブ感がありません。停まっちゃってます、バス。盛岡駅を出発して上盛岡で停まっちゃってます。台無しです。何ということでしょう。

構成している要素はほぼ一緒でも、語順を変えただけで印象はガラッと変わってしまう。
それが短歌を作る難しさでもあり、面白さでもあると思います。

では、また。おやすみなさい。

推敲

おばんでがんす。

推敲、得意ですか?俺は苦手です。
推敲が上手な人は短歌が上手い、というイメージ。
発想が凡人な俺としては、表記や語順などの工夫でオリジナリティを出すしかないのですが。
何年経っても迷ってばかり。

例えば、以前うたらばブログパーツで採用された次の一首。

履歴書は白紙のままで鶴になる 折るという字は祈るに似てる

この歌は実は結構古くて、10年くらい前に作ったもの。ちなみに、一番最初に思いついた時は次のような短歌でした。

履歴書が書いてるうちに鶴になる 折るという字は祈るに似てる

その後、上の句をちょっと変えて

履歴書は書きあがらずに鶴になる 折るという字は祈るに似てる

になり、更に変化して

履歴書は白紙のままで鶴になる 折るという字は祈るに似てる

になる。ただ、そこで話は終わらない。
この歌を同人誌に発表した時には以下のようになってます。

書きかけの履歴書一羽の鶴となる 折るという字は祈るに似てる

『短歌雑誌ネガティヴ』-8號に載せたもの。一読して分かるように、上の句が字あまりでだいぶギクシャクしたかたちになってます。
もちろんこれは意図的なもの。
下の句「折るという字は祈るに似てる」が、標語っぽいというか決まり文句っぽい感じがして。上の句も定型に収めてしまうと、語呂がいい分スルっと読み流されてしまいそうな気がしたのです。それで敢えて引っかかりを作ろうとしている。

同人誌に載せた時点で、このカタチがこの短歌の最終完成形だという判断。幸いなことに当時の『ネガティヴ』で最高得票数を獲得し、俺の代表作という評価を頂いたのですが。
ですが。
個人的にはその後もずっと迷っていて。

何と言うか、上の句を敢えて崩すというのはちょっとあざといかな、と。ただでさえ一字空けで一呼吸置かせるようにしてある上にそれはちょっとやりすぎかな、と。

で、悩んだ末、うたらばブログパーツに投稿する際には③のほうを選択しました。現時点で、それがこの短歌の完成形という判断です。揺れ動く男心。

正直今でも悩んでます(笑)

普段は詠んだら詠みっぱなしで一々省みたりしないのですが。それだけ、自分にとってこの歌は特別なものなのかなあ、と感じます。

俺はあの履歴書というヤツが大嫌いで。ただそれ故に、履歴書を詠んだ短歌が多いのです。
嫌いなもののほうが歌いやすいのかもしれない。

まあ、①~④のどれを選んでも名作には違いない、と思っているのですが(笑)
いつか⑤を思いつくかもしれない、と、それを何となく楽しみに思ってます。
まだ当分の間は悩み続けるのでしょう。

こういう、無数にルート分岐していく可能性の中から最適なものを見つけ出せる能力が備われば、俺もちょっとは自信になるのですが。
上手い人は皆それが出来ている感じがあるんだよなあ・・・。

まあいいや。酔ったんでもう寝ます。

おやすみなさい。

劣等感について

「あなたの劣等感はどこから?」
「僕は内面から」
「そんなあなたには虹色のベ○ザブロック!」
「わーい!虹が、虹が見えるよ~!!」

というわけでこんばんは、山本左足です。

今日の記事は暗いのでスルー推奨です(苦笑) 知人と会話した内容からいろいろと触発されて、ちょっと考えをまとめたくなったので。個人的な記録。そんなもん一々公開するなって話ですが。読んでも時間の無駄でしかないからね。自己責任でね。


音楽を聴くのが好きだ。
けれど楽器は弾けない。歌も歌えない。専門的なことはひとつも分からない。

漫画を読むのが好きだ。
けれど絵は描けない。構図とか、専門的なことはやっぱり何も分からない。

映画を見るのも好きだ。
けれど(特に外人の)名前を覚えるのが苦手だし、内容もすぐに忘れてしまう。

こんなんじゃダメだと思って音楽の入門書を読み漁ったり、漫画の評論を買い集めたり。『キネマ旬報』だってほぼ毎号読んでいるけれど、そういうことをやればやるほど、表層的な知識ばかりで頭でっかちになって、中味が空っぽの風船みたいになっていくのを感じる。

結局、経験の無さ。それに尽きるのだろう。
ぐだぐだ理屈を考える前に、楽器を買ってきて弾いてみるなり、スケッチブックを用意して絵を描いてみるなり、ビデオカメラを回してみるなりすればいい。それが出来ないから、いつまで経っても自信が持てない。

だから、音楽の趣味が合う人と話すのは苦痛だし、漫画が好きな人と話すのは嫌だし、映画ファンの人と話すのもまっぴらごめんだ。

劣等感ではち切れそうになる。

短歌についても同様。ずっと我流でやってきたせいか、入門書を何冊読んでもまったく身についた気がしない。読むのも詠むのも好きだけど、上手に出来る(出来た)と思えたことは一度も無い。

感想を言うたびに「ド素人が的外れなことを言っている」と嘲笑われているように感じるし、短歌を発表するたびに「こんな下手くそな歌をよく恥ずかし気もなく衆目に晒せるものだ」と呆れられているような気がする。

だから、歌人と短歌の話をするのもあまり気がのらない。歌会とかにも、出来る限り参加したくない。

何をやっても、劣等感しか残らない。行動してもしなくても、結局は一緒だ。

本当は、話したいことが山ほどある。三日三晩話し続けても足りないくらい。

でも、それを、あなたには話したくないだけなんだ。

・・・というような事を(100万分の1に薄めた話を)職場でして、思いっきり呆れられた、という話。

いつも「卑屈すぎる」って叱られます、いろんな人から。

おそらく一生治らない性分だから諦めるしかないんですが。仕方が無い。

な、読まなきゃよかっただろ(笑)
「俺は何を読まされてるんだ!?」って気分になったと思うけど、仕方が無いね、自己責任だからね。

酒飲んで寝ようーっと。おやすみ。

happy

おばんです。

ブログやツイッターでイラストを発表されている安福望さん(ツイッターID:@syokupantopen)が、俺の短歌

手を振った ぼくたちの住むこの星を仰ぎ見ている誰かのために

を元に素晴らしいイラストを描いてくださいました。素敵。

こちらからどうぞ。安福さんのブログ→ 食器と食パンとペン

ブログでは16日になってますが、ツイッターでは15日に発表されていて、思いがけず嬉しい誕生日プレゼントでした。ふたご座流星群、俺も何度か外に出てみたのですが盛岡はずっと曇り空でした・・・。無念。

安福さんのイラストは、独自の視点によるプラスアルファがあって、短歌だけを読んだ時とはまた違った発見があるのが魅力。このクオリティの作品を毎日描き続けているのは本当にすごいです。俺には絶対マネ出来ん。

そんな安福さんが装画と挿し絵を描いていることでもお馴染みの岡野大嗣さんの歌集『サイレンと犀』、昨日は寝過ごしてしいましたが今日無事入手しました。いずれこのブログで感想を書こうと思ってます。

んじゃ、今日の一首。

「発表」をローマ字表記すればほらそこに必ず「happy」がある

やっぱり、思ったことや作ったものはどんどん発表していかんとね。

てな感じで、おやすみ。

日記

12月15日(月) 晴れのち曇り

朝の8時くらいまでダラダラ飲んで、力尽きるように寝たのだが、10時半くらいには意外とすっきり目覚めてしまった。
まだ若干酔っているが、もう眠れそうにない。
仕方が無いので起きて部屋の掃除。BGMはOGRE YOU ASSHOLEの『ペーパークラフト』。最近お気に入り。

昼はインスタントラーメンで済ます。買い置きが尽きてしまったのでまた買ってこなければ。そしてお腹が膨れたら眠気が襲ってきた。二時間ほど昼寝をする。

・・・つもりが四時間爆睡。起きたら部屋が暗くて凹む。気を取り直して外出しよう。お風呂場に行って顔を洗おうとしたらお湯が出ない。というか水も出ない。昨夜酔っ払って元栓を閉め忘れたせいで、水道管が凍ってしまったようだ。うちのアパートは風呂場だけ何故かやたらと凍りやすい。台所やトイレは凍らないのに。
まあ凍っちまったもんは仕方ない。毎年のことなのであまり焦らないのだ。とりあえず、流しで顔を洗って出かける準備をする。

着替えて玄関へ行ったら、宅配便の不在通知が入っていた。この間amazonで注文した歌集『サイレンと犀』のやつだ。昼寝している間に来ていたらしい。発売日に手に入れ損ねて激しく落ち込むが、寝てたものはしょうがない。明日改めて持ってきてもらうよう手配して出かける。

夕暮れの街は寒い。まったくのノープランで出かけてきたことをちょっと後悔。とりあえずブックオフへ向かうことにする。そういえば、昨日のブログを見てくれた何人かがツイッターで誕生日のお祝いを言ってくれたので、道中それに返信しよう・・・、と思ったら携帯電話が無い。どうやら部屋に置いてきたようだ。
ツイッターもそうだが、思いついた短歌や気になることなどをメール画面にメモしておく癖があるので、携帯電話が無いのは非常に困る。時計も他に持ってないので時間も分からない。
取りに帰ろうか真剣に悩むが、既に15分くらい歩いてきた。また同じ時間かけて戻ったら、多分心が折れてそれっきり部屋に引きこもってしまうだろう。寒いし。
返信は後でいい。時間は気にしない。短歌は考えない。万が一名作が出来たらどうしよう、と心配になるが、名作だったらさすがに忘れないだろう、と思い直す。自分を信じて。

ブックオフには特に欲しい物は無かった。店舗限定の企画で、二人以上で来店の方は買い取り金額10%アップというのを大々的にやっていて、(嗚呼、ブックオフですらマイノリティー)と虚しい気分になる。

更に歩いてイオンにあるタワーレコードミニへ。この時点で相当歩いている。普通歩いていくような距離ではないが、俺は歩く!BGMは先週分の「伊集院光 深夜の馬鹿力」の録音。たまに堪えきれずニヤニヤするのでだいぶ気持ち悪い。

タワレコミニにはROTH BART BARONというバンドの『ロットバルトバロンの氷河期』というアルバムが欲しくて行ったのだが無かった。今日何度目の失望か。しかし今年出た王舟という人のファーストアルバムがあったので、代わりにそれを買う。これも気になっていたので楽しみ。フードコートの花まるうどんで温たまぶっかけを食って帰る。げそ天は絶対。

で、家に着いてツイッターに返信し買ってきたCDを聞きながら酒を飲んでいたらあっという間にこんな時間である。あー、俺何やってんだろ。
あ、ツタヤから借りてたアダルトビデオの返却予定日も今日じゃねえか。郵便返却だから8時までにポストに入れてこなきゃ。寒いしダルいし面倒くさいなあ。

裸の女ばかりが映るモニターを消せばいよいよもう何も無い

そんな誕生日。んじゃ、近所のポストまで行ってきます。

酒の短歌

おばんです。盛岡は真冬日。窓ガラスが白く凍り付いて何も見えない。
これからまだまだ寒くなるのかと思うと嫌になりますね・・・。

こういう寒い日はとにかく酒だ!ということで、今日は酒の短歌をいくつか紹介してみようと思います。既に酔っているので感想は短めに。

白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれ (若山牧水)

酒飲めば涙ながるるならはしの それも獨りの時にかぎれり (若山牧水)

酒やめむそれはともあれながき日のゆふぐれごろにならば何(な)とせむ (若山牧水)

人の世にたのしみ多し然れども酒なしにしてなにのたのしみ (若山牧水)


ということで、短歌界きっての酒好き牧水さんの歌を四首。

この人は凄いですよ。何しろ毎晩一升の酒を飲んだという話。wikipediaにも

旅を愛し、旅にあって各所で歌を詠み、日本各地に歌碑がある。大の酒好きで、一日一升程度の酒を呑んでいたといい、死の大きな要因となったのは肝硬変である。ちなみに、夏の暑い盛りに死亡したのにもかかわらず、死後しばらく経っても死体から腐臭がしなかったため、「生きたままアルコール漬けになったのでは」と、医師を驚嘆させた、との逸話がある。
(wikipediaからコピペ)

とあるほど。ちなみにwikiを見ようとしてgoogleに「若山牧水」と入力したら検索候補の一位が「若山牧水 酒」でした。「若山牧水 短歌」を抑えて。どんだけ・・・。

酒やめむ~の歌は、同じ酒好きとしてしみじみと共感しますね。もちろん他の歌もですが。

しみじみとわれの孤独を照らしをり札幌麦酒(さっぽろビール)のこの一つ星 (荻原裕幸)

ちっぽけな自分を照らすちっぽけな光。普段は心の奥底に沈めている孤独に、酔うことで気づかされてしまう。やるせない。

牧水の「酒はしづかに」や「獨りの時にかぎれり」もそうですが、短歌+酒=孤独、というような感じはありますね。ちなみに俺はビールだとキリンの一番絞りが好きです。そういえば今日は誕生日だ。俺はキリンの一番絞りが好きです!プレゼントは年内受け付けます!

「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ2本で言ってしまっていいの (俵万智)

「酔ってるの?あたしが誰かわかってる?」「ブーフーウーのウーじゃないかな」 (穂村弘)


孤独じゃない短歌を二首。しあわせに酔っている人には何もいう事は無いですね。羨ましい。末永く爆発しろ。

俺はアルコール類なら何でも飲みますが(メチルよりエチルが好きです。プレゼントは年な(略 )、好きすぎて対象との距離が上手くとれないせいか酒の短歌は苦手です。満足できるものを作れたことがない。いつか詠めればいいなあ、と思いつつ。せっかくなんで昔詠んだ中から一首。

ここに居ていいと誰にも言われずにひとりビールの泡を見ている

飲み会苦手。というか会が苦手。飲みは得意。

そんなわけで寝ます。最後に数ある酒の短歌で一番好きなやつを。

雨荒く降り来し夜更け酔い果てて寝んとす友よ明日あらば明日 (佐々木幸綱)

では。明日あらば明日。おやすみなさい。

選挙には

おばんです。というかもうおはようの時間ですね。おはようございます。

選挙にはとりあえず行きましょうね。

実際問題、俺やあなたが選挙に行っても行かなくても何も変わらないのですが。

でも、俺もあなたも皆も行けば何かが変わるかもしれんしね。

候補者は俺らのことを「一人」ではなく「一票」という単位でしか見ていない。

でも、だからこそ、千票、万票と集まれば無視できなくなる。

例えば二十代、三十代の人は選挙に行かないというはっきりしたデータが出たとしたら、奴らは、積極的に選挙に投票する世代ばかりに甘い顔をして、そうじゃない世代は無視するだろう。

それは気に入らない。

気に入った人が居ないのなら、気に入らない奴を落選させるために対抗者に入れるというのでも構わないと思うんですよ(笑)もちろん、不正は無しでね。
お前を無職にしてやろうか!(デーモン閣下風に)

てなわけで一首。

正の字をいくつ書こうと正しさは多数決では決められないよ

まあ、現実は多数決なんですけどね。とはいえ、自分が多数派か少数派かはともかく、意思表示くらいはしておかないと。後で愚痴れないじゃないですか。

正直なところ政治家なんてみんなロクデナシだと思ってるわけですが(済まぬ)、比較的マシかと思える人に投票してこようと思ってます。

♪ババンババンバンバン、選挙行けよ!
では、一旦おやすみなさい。

唐突にお料理ブログ化(今日だけ)

おばんです。まいどお馴染み、「左足でも作れる料理教室」のお時間ですよ。

本日作るのは「豚肉団子」と「鶏肉団子」の二つ。そしてそれらの入った鍋物です。

誰でも簡単に作れる肉団子~美味いとは言っていない~の材料は以下のとおり。

・豚ひき肉(おつとめ品)
・鶏ひき肉(おつとめ品)
・長ネギ(みじん切り)
・日本酒(普段飲んでいる物)
・しょうが(チューブのやつ)
・塩こしょう
・木綿豆腐(たまたま冷蔵庫にあったやつ。つなぎになるかと思って入れてみた)

作り方は簡単。それぞれのひき肉にそれぞれの材料を目分量で適当にぶち込んでいって捏ねるだけ!

後は鍋で煮れば出来上がり。とても簡単!

完成したものの写真がこちら↓




手前にある白っぽいのが鶏肉、赤っぽいのが豚肉。形が不揃いなのも手作りっぽくて逆にいい、と言って自分を誤魔化せ。

作っている時は豚肉のほうが上手くいって、鶏肉は酒を多く入れすぎてゆるゆるだと思っていたのだけど、いざ実際に完成したものを食べたら鶏団子のほうが出汁をよく含んでいてふわっとしていて美味かった。若干しょうがが多かった気もするけど。目分量の限界か・・・。

他に入っているのは鶏肉、豆腐、しらたき、しめじ、白菜、長ネギ。

美味いぞ!酒がすすみますよ。

そんなこんなで酔っ払ったのでそろそろ寝る支度をしませう。
では、今日の一首。

適当に生きていたってそれなりに何とかなってしまって辛い

そんなこんなで、おやすみなさい。

ポエム名作選

おばんです。

今日もツイッターからのコピペでお茶を濁す作戦(笑)済まぬ。

ちょいちょいツイッターに発表している名作ポエムをいくつか紹介します。名作。

ラビリンスに迷い込んで もう君に会えない 光を求めてただ 彷徨い続けるだけさ 本当は知っていたんだ 近道なんか無いって 愚かなぼくを笑い飛ばしておくれよ ねえ どこに行けば巡り会えるの ぼくの自転車(ホイールオブフォーチュン) 地下駐車場はラビリンス… 「ラビリンス・オブ・ラヴ」


2012年5月29日の作品。近所のイオンに行った帰り、自転車をどこに停めたか見失った時の悲しみを歌った詩ですね。切ない。


お風呂がぐつぐつ煮えている
すっかり忘れて飲んでいる
薄めてもまだ熱すぎる
湯船からお湯が溢れてる
それでもやっぱり愛してる
(台詞)歯磨きしようと思ったら、歯磨き粉を出しすぎてしまったよ。俺なんて、死んだほうがましだ・・・
お風呂が熱い~
『お風呂が熱い』作詞・作曲 山本☆左足


え~、2013年9月1日の作品ですね。お風呂が熱かったんだと思われます。


あなたがこの詩をふぁぼったら ぼくはしあわせな気分だよ みんながふぁぼればふぁぼるほど ぼくはしあわせになるんだよ つまらない毎日 つまらない自分 だけどそんなあなたでも きっと誰かをしあわせに出来る ごらん 星が光っている あなたにも 魔法がつかえるんだよ 『ふぁぼれ』山本左足


2013年10月8日っすね。確か、ジュンク堂の店内で急に思いついてツイートしていたような・・・。結構いろんな人からふぁぼられて(お気に入りに登録されることです)、ご満悦だった思ひ出。


早く寝ろ 早く寝ろ 早く寝ないと狐がくるぞ 向かいの山から狐がくるぞ 狐が美人のおんなに化けて お前の父ちゃんたぶらかす 早く寝ろ 早く寝ろ 早く寝ないと河童が出るぞ 向こうの川から河童が出るぞ 河童がお前の肛門に 尻子玉を詰め込むぞ 〜東北地方にまったく伝わらない子守唄〜


2014年2月14日・・・って今年か!?どうやらこの時は以前のポエムを書いた時とは逆に風呂が温かったらしいです。風呂関係でトラブルが発生するとポエムが生まれる法則。


うつくしい歌をうたう。うっとうしいモノをはき出す。うちゅうに星がひかる。うつが躁にキリカワル。うたがいはお互いに絶えないが与えられない救いをただ待つのは耐え難い苦痛。スイッチが切り替わる。鬱々と打つキーボード。眠れない夜の衝動。羊の群れを数えるように夜空に舞う雪を数える。ネル。


2012年12月7日。これはポエムなのか何なのか良く分からないが、何となくお気に入り。というわけで、ネル。ああ、もう夜明けだ。

おやすみなさい。

うたらばブログパーツ短歌

おばんです。

早くも更新するネタに困ってきたので、久々に「うたらばブログパーツ短歌」に投稿したもののまとめを載せておきます。今回のテーマは「大」です。

大切にしている嘘がひとつある君は忘れているだろうけど

あなたには嘘をつきたくないのです「大丈夫?」って聞かないでくれ

大声で怒鳴ってるけど日本語じゃないということしか分からない

どさくさに紛れて触れたおっぱいの大きさだけはまだ覚えてる

いつまでも井戸で暮らしていたかった大海なんか知らないままで

大人向け番組として『ひとりではできないもん!』を製作したい

直線で無事結ばれた点aと点bに盛大な拍手を!


以上七首。最後に投稿した「直線で~」の短歌が採用になりました。
ちなみにこの歌、俺の代表作のひとつである

点aと点bを結ぶ直線を引いて今すぐ会いに行け馬鹿

の続編だったりします。まあ、ちょっと、いろいろあってね。

今年はうたらばの採用率も下がって、載ったり載らなかったりだったので、来年はもっと頑張ろうと思っています。あ、その前にテーマ「赤」の締め切りがきますね。何も考えてなかったなあ。まあ、とりあえず寝ます。おやすみなさい。

短歌連作

「冬の日」

俺たちに明日はないって思ってた雪の路上に佇みながら

コトコトと貨物列車がゆくようなこれはおそらく心臓の音

凍てついた月、交差点、点滅の信号 君を信じたかった

ひりひりと冷たくひかる県道を誰の力も借りずに歩く

裏側を決して見せないあの月が今日は何だか酷く悲しい

足跡を雪で隠してエデンまで徒歩千年の道のりを行く

振り向くな君の朝日は君だけの俺の月夜は俺だけのもの


おばんです。今日は仕事が休み。
最近の休日はいつも引きこもっているうちに終わってしまうので、今日は頑張って外出してきました。散歩をすると短歌ができる。夕方まで雪が降っていて嫌な天気でしたが、夜にはすっかり晴れて、月がとても綺麗でした。寒かった。
そんなわけで雪と月が同時に出てくる連作になりましたが、どんなもんでしょ?

では、おやすみなさい。

『てとてとたんか』の短歌とか写真とかそんなの



手のひらを月光にすかしてみれば透明なまま流れる涙

twitterで千原こはぎさんが企画された手・指フォト短歌集『てとてとたんか2』に参加しました。
詳細は http://kohagi-orz.jugem.jp/?eid=1845 にて。

こちらには元になったカラー写真を上げてみたのですが、何とも画質が・・・。ガラケークオリティ(笑)

実はこの写真、一年前の『てとてとたんか』に投稿しようとして撮影した大量のボツ写真のなかの一枚だったりします。せっかくなんで前回のてとたんに掲載した写真もカラーで載せておこう・・・と思って探したのですが、なぜかどこにも存在しませんでした。ボツ写真はたくさん残っているのに。
ちなみに前回のてとたんに掲載してもらったのは次の一首。

手を振った ぼくたちの住むこの星を仰ぎ見ている誰かのために

・・・ええ歌や。

ついでに以前「うたらばブログパーツ」で採用してもらったものも載せておきませう。直接的に手の短歌というわけではないですが、テーマ詠「手」のときに採用になった二首。

手加減をやめたらきっと壊れるか壊すかしかない愛なのだろう

恋人になって欲しいと言い出せず手下になれと脅す放課後

いいね!

では、また。おやすみなさい。

とりあえず、無題

おばんです。

最近短歌界隈を賑わせている虚構の議論(今年の短歌研究新人賞受賞作である、石井僚一さんの作品『父親のような雨に打たれて』を巡る一連の議論)に関して、様々な論を読めば読むほど、考えれば考えるほど混乱してくる現状。

短歌は小説などと違って、一人称であることが大前提となる詩形。だからこそ、ややこしい。

短歌で虚構を扱うことの是非は、多分誰も問題にはしていない。是であることは自明である。

結局、新人賞という選考の場で、匿名で、フィクショナルなテーマをノンフィクションの手法で扱ったことに対する倫理的な是非、ということが一番問題視されていることなのかもしれない。

とはいえ、倫理的に、とか言い出すと、作品に対してではなく作者に対しての攻撃と捉えられかねない訳で(一人称文学ゆえのジレンマであるね)、それはやっぱり避けたいわけだ。あくまで作品論、そして短歌全般における問題、という風にしたい。しかし、それだとやっぱり少し矛先が鈍る、というか、向ける先が違っているような感覚が拭い去れないような・・・。

個人的には、虚構の題材を選考委員に「ノンフィクションだろう」と思わせ、受賞相当であると思わせた作者の力量を素直に評価したいと思うし、作品の力を評価したいと思う。

まあ、そう単純な問題でもないんだろうけど。各人の発言を見聞きするにつけ、揺れ動く心。自分の中で結論が出ていないことについて言及するのはどうかと思うのだけど、現時点でのまとめとして。

ツイッターでも書いたことだけど、ネタバレのタイミングがあまり良くなかったのかなあ、という印象もある。これが例えば10年後くらいに「実は新人賞を受賞した時点ではまだ父は健在で、あれは~」とかやれば、かえって評価をあげることになったかも。

虚構の主題を扱うなら、作者自身にも相応の覚悟が必要ということだろう。自分自身が実生活から一歩切り離された、虚構の存在になる覚悟。塚本邦雄や寺山修司にはその覚悟があったようにも思う。あくまでも作品を読んだ上での印象論なので、実態はよく分からないのですが(不勉強を自覚してるならこんなこと書くなよ・・・)

矢沢永吉がどこまでも「E・YAZAWA」であり続けるような。それはもはや覚悟ではなく、才能に類する事柄なのかもしれないけれど。

ひとつ危惧するのは、今後、新人賞などの場において、挽歌というジャンルが色眼鏡で見られるようにならないか、ということ。あくまでも「作品本位」であってほしいと願う。

今日はなんか真面目ぶってしまった。こういう風に振舞うと返って底の浅さが際立つ(笑)
明日からはまたテキトーにやります。

では、おやすみなさい。

久々に

いよいよ本格的に寒くなってきましたね。おばんです。

今日は久々に短歌連作をつくってみましたのでどぞ。

「三次元コンプレックス」

日々増えていく俺の嫁 二次元に重婚罪が無くてよかった

そうでしょうどうせ触れられないのなら可愛いほうを俺は選ぶよ

三次元コンプレックスだと思う俺の側から君らを見れば

永遠に美女で野獣な俺の嫁 人権なんか無くたっていい

恋なんてイベント毎に重課金しなきゃならないクソゲーでしょう

俺だって優しい人が好きなんだ 愛があれば次元の差なんて



・・・いろいろアレな感じだけど、本人意外とお気に入り(笑)

こういうのをやる度に周囲からの評価が下がっていく気がするぜ!

じゃあ、おやすみなさい。

Reマスター

おばんです。寒いですね。

今夜はギョーザを食べようかと思ったら家に酢が無くてかなりヘコみ気味です。

皆さん御存知の通り、地球最古の生物は煮えたぎる酢醤油の中で発生したわけで、人類にとっても酢というのは必要欠くべからざる調味料。常に常備していないといけないのです。頭痛が痛い。明日買ってこなきゃ。

それはそうと、浦沢直樹先生の新刊『MASTERキートンReマスター』を読みました。二度目。一度目は分からないところを全部すっ飛ばしてストーリーを楽しみ、二度目の今回は分からない単語や忘れている出来事についてネットで調べながら。

知らない人のために簡単に説明しておくと、『MASTERキートン』とは、考古学者で探偵(保険調査員)、しかも英国軍の特殊部隊SASで教官を勤めていたこともあるという異色の経歴の持ち主、平賀=キートン・太一が、保険調査のために世界各国(主にヨーロッパ)で様々な事件を解決していく、というもの。探偵と言ってもミステリ要素はあまり強くなく、どちらかというとサスペンス、そして人間ドラマ。
また、歴史的・社会的な事件がストーリーに絡んでくるのが大きな特徴で、今回の『Reマスター』でも、北欧での人身売買、クロアチア独立戦争、ベルファスト合意、フォークランド紛争、ボスニア・ヘルツェゴビナ内戦等、並べただけで頭が痛くなってくるような単語が次々出てきます。まあ、知らなくても読めるように描かれてはいますが。
主人公のキートン先生が良いのですよ。しょっちゅう殺伐とした事件に遭遇してる割に、いつでもどこでも穏やかなお人好しで、かつ知的好奇心の塊。いざという時には上記の物凄い経歴に恥じない大活躍をするのですが、普段は間抜けな中年男性で共感できます。本編(1988年~1994年まで、ビッグコミックオリジナルで連載)からかなり間を空けて発表されたReマスターでも相変わらずうだつの上がらない日々を送っていて(笑)、ファンとしてはそれだけでもう充分楽しかったりします。

政治にも社会情勢にも考古学にも疎い上に、外国の人名や地名がまったく憶えられない俺にはかなりハードルの高い漫画ですが、次々出てくるハードルを頑張って飛び越えたり潜ったり無視したりする価値のある名作。

しかし今はパソコンがあるので、分からない言葉や出来事はすぐにググることができて便利。とりあえず分かったようなつもりになれる。勘違いなんですが。本編連載当時はひとつ調べるのも大変で、作中に度々出てくる「フォークランド諸島」がどの辺にある島なのかもろくすっぽ知らずに読んでいた思い出(いや、多分漫画の中でも説明されてるんだけど、頭に入ってなかったのね)。

しかしまあ日本史を専攻していた身からすると、欧州史はややこしいですよ。やれデーン人だケルト人だアングロ・サクソンだノルマンだゲルマンだと。あと宗教で揉めすぎアンド戦争しすぎ。もっと仲良くしようぜ!

まあ、日本での在日韓国・朝鮮人をめぐるアレコレを見ても、異人種・異民族と交流するというのは大変なことだと思いますが。そういう意味でも、世界各国どこへ行っても現地の人とすぐ仲良くなれるキートン先生のコミュ力の高さは異常。そういえば何ヶ国語を喋れるんだろう・・・?

Reマスターの単行本には巻数表記が無いのですが、今後も不定期連載は続くのだろうか。最近漫画雑誌をあまり読まなくなってきたので動向が掴めてないのです。まあ、続いたとしても2巻が出るのはまた数年先だと思いますが。『BILLY BAT』が最近イマイチなので、そろそろケリをつけてこっちを本格的に連載してほしいです(極個人的な願望)。まあ、気長に待ちましょう。

ああ、もうじき夜明けだ。今日は短歌無し。済まぬ。

んでは、おやすみなさい。

どこだよ

おばんです。

俳優の菅原文太さんが亡くなって一週間ですね。

菅原文太といえばもちろん『仁義なき戦い』ですが、個人的には他にもひとつ忘れられない作品があります。

言わずと知れた大ヒットシリーズの第8弾『トラック野郎 一番星北へ帰る』です。

トラック野郎シリーズは「寅さん+不良番長+イニシャルD」とでもいうような、何でもありの娯楽映画で、wikipediaによると毎回かなりのヒットを飛ばしたようです。
菅原文太演じる主人公・桃次郎と愛川欽也演じるやもめのジョナサンが、デコトラに乗って日本全国を旅しながら、行く先々で美女に恋をし、ライバルと喧嘩をし、警察とのカーチェイスに明け暮れ、挙句ヒロインに振られるというのがいつも大体お決まりのパターン。結構下品なギャグ(下ネタ)も多い印象。

さて、『一番星北へ帰る』です。この映画を見たのは確か高校生の頃。当時隣に6歳年上の兄ちゃんが住んでいて、その人が「機会があれば一度見たほうがいい。人生観が変わるから」と勧めてくれたのがきっかけ。その言葉に(人生観が変わる!)と強い衝撃を受けた俺は、すぐさまレンタルビデオ屋へ走ったのでした。

北へ帰る、というタイトルの通り、映画の舞台は東北。それも岩手県がメインです。キンキンのすすめでお見合いをした文太は、勘違いから大谷直子に一目惚れ。アメリカ帰りの黒沢年男とカーチェイスしたり、警官の田中邦衛と大喧嘩したり、再会した大谷とちょっといい感じになったり、と、まあいつものシリーズのノリです。確かトルコ風呂には行かなかったと思いますが(トルコ風呂が何なのか分からない人は、お父さんお母さんに聞くと「ソープランドの昔の呼び名だよ」って教えてくれると思うので、間違っても聞いたりせず、そっと忘れて)。出演者が豪華。

後半、文太は病気の患者のために医療器具を運ぶ仕事を引き受けるのですが、その運搬先が岩手県のO野村(現H野町O野)の診療所だという。まさに俺の地元!「おを!文太がO野に!?」とテンションの上がるわたし。その後、田中邦衛演じる警官・赤沢との激しいカーチェイスの末、文太は無事医療器具を届け、患者(実は赤沢の奥さんだった、というオチだったと思いますが記憶違いかもしれない)の命を助けるのだった、というストーリーで、まあ、とても良く出来た娯楽映画なのですが・・・。

見終わっての第一声が、今日のブログのタイトルですよ。「どこだよ!?」

映画のロケ地、まったくO野じゃないんですよね・・・。どこかは知りませんが。

友人の話だと、公開当時から「ロケ地が違う!」と一部では話題で、中には激おこだった人もいたとか、いないとか。

結局人生観は何も変わりませんでした。まあ、そもそもまだ高校生の俺には人生観なんてもの自体無かったんだけど。

映画は面白いんでおすすめです。喧嘩のシーンもコミカルだし。ただ、たまに引くような下ネタを放り込んでくる時があるので要注意。

じゃあ最後に、取って付けたように短歌を一首。

過積載トラックたちよ突っ走れ夜明け間近の海岸線を

菅原文太さんのご冥福をお祈りします。

では、おやすみなさい。

雪の短歌

おばんです。

盛岡は今日も雪。終日降り続いてます。
11月までは暖かい日が続いて、ひょっとしたらこのまま暖冬になるのか、と淡い期待を抱いてましたが、12月に入るやいなや本気を出してきましたね。おのれ、冬。

そんなこんなで、今夜は雪にまつわる短歌をいくつか紹介してみようと思います。

さびしさよこの世のほかの世を知らず夜の駅舎に雪を見てをり (河野裕子)

雪といえばまず思い浮かぶ、とても好きな歌。
「さびしい」のように、直接的に感情を表す言葉はなるべく使わないほうがいい、とよく言われますが、この歌ではいきなり出てきます。当然二句目以降はその「さびしさ」の説明になるのですが、それが「この世のほかの世を知ら」ないことだという。つまり、「この世」の出来事はすべてさびしい、と。読者が想像する「さびしさ」の上限を軽々と超えていくスケールの大きさ。そしてそこから日常的な情景を淡々と綴る下の句へ。夜の駅舎で雪を見ながら、ひとり列車を待っている。その情景が、まるで永遠に続いていくような。美しくもおそろしい、そんな一首。

かなしみの遠景に今も雪降るに鍔(つば)下げてゆくわが夏帽子 (斎藤史)

これも印象的な雪の歌。まあ季節は夏なんですが。作者には雪にまつわる何かかなしい思い出があるのでしょう。夏の炎天下にあっても、心の奥底には止まない雪が降っている。この歌も初句に「かなしみ」という言葉が出てきますが、直後に「遠景」という語を配置することでウェットになりすぎるのを避けている。
因みに、作者の斎藤史はニ・ニ六事件で反乱軍を支援したとして禁固刑に処せられた斎藤瀏の娘。また、同事件の参加者として刑死した栗原安秀は幼なじみで大変仲が良かったそうです。この歌の「雪」は、そのことと関係があるのかもしれません。が、そういった事情を知らなくても共感できるのが、この歌の素晴らしいところだと思います。

体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ (穂村弘)

雪が降ると、犬はよろこび庭駆け回り、猫はこたつで丸くなり、歌人は「ゆひら、ゆひら!」と騒ぐ。そのような習性を若手歌人に植え付けた一首。
雪が降ってきたのを見て「ゆひら」とはしゃぐ少女(と断定されている訳ではないですが、何となく)と、その様子を、「雪のことかよ」と、呆れたような、面白がるような気分で眺めている男(作者)。親密な関係。しあわせな情景。
この歌のポイントは、これまた初句の「体温計」だと思います。つまり少女は体調不良であり、男はそれを心配している。少女がはしゃいでいるのは、男に心配させないための配慮であるかもしれない。体温計という、若干不安を抱かせるアイテムが出てくることで、その後の光景のほのぼのした感じが際立つと同時に、甘くなり過ぎるのを防いでもいるのですね。

はあ。疲れた。この程度書くのに1時間半もかかったよ。つたない感想で申し訳ないです。

明日からはもうこんな疲れることはやりません。またおでんの話を書いて、おでんブログにします。嘘です。最後に、上の三首には足元にも及びませんが、俺の短歌も一首。

海だったころの記憶を滲ませてこの手のひらに溶けてゆく雪

よし、コンビニで買ってきたたこ焼きを食べながら酒を飲んで寝よう。
寒い日が続きますので身体に気をつけて。またそのうちに更新します。
では。おやすみなさい。

日記的な

おばんです。

毎年、題詠のときしか書かない当ブログですが、せっかくなんでちょいちょい日記みたいなものも書いていこうかと思います。といってもかなり不定期かつ気分次第になると思いますが。次の書き込みが半年後でもおかしくはない。俺の場合。

日記と言うか雑記ですね。

さて。とは言うものの今日は何を書こう。まったくのノープラン。

えーと。今夜はおでんをたべました。・・・うん。
おでんの語源は焼いた豆腐に味噌を塗って食べる豆腐田楽だそうで。それが後に茹でたこんにゃくに味噌で味をつけたものも田楽と言うようになり、更に他の具材も一緒に煮るようになって、江戸時代ぐらいに現在のおでんの原型が完成するんだそうです。ふーん。
その後、江戸から関西へ上洛を果たし、「関東煮(かんとだき)」という名称になるのだとか。確か漫画『美味しんぼ』では京極さんが「あれは関東やない、広東炊きや!」みたいな珍説を披露していたような気がしますが、記憶のみに頼って書いているので定かではないです。
名古屋の味噌おでんは食べたことないですが、元々が味噌田楽であることを考えると案外原型に近いのでしょうか。

そういえば岩手県には「煮しめ」というのがありまして、地域差もあると思いますが、うちの地元のそれはおでん(関東煮)と酷似しております。具がちょっと違う程度。芋とか人参とかフキとか焼き豆腐が入っていると(煮しめっぽい)と思うし、玉子が入っていれば(おでんなんだな)と思う、そんな程度の差。

「食(け)」と言って出される祖母のお煮しめにほろり「んめな」と答えてしまう (小林ちい)

煮しめといえばこの歌。東北弁短歌の最高傑作だと思ってやまない。しかし作者は宮城県の方なんで、この短歌の「お煮しめ」はうちの地元のものとは相当違う可能性がありますね。

煮しめは正月料理の定番。地元では所謂「おせち料理」なんてどこも作らないと思いますが、煮しめを作らない家庭は少ないと思われます。まあ印象論ですが。地域差だけじゃなく各家庭でも違いますしね。俺の幼馴染の家では、毎年年末だか年始だかに兎の肉を食ってたらしいですし。どこから調達してくるんだよ・・・。

そんな訳で、おでんの具では大根とがんもどきが好きです。玉子とこんにゃくも。

・・・うん。

寝よう。あ、一応自分でも一首詠んでおくか。

なぜ君は帰らないのか大根がこんなに程好く煮えているのに

ところで豆腐田楽の「田楽」は伝統芸能の田楽のことだと思うのだけど、なんで焼き豆腐に味噌を塗ると「田楽」になるんでしょうね。ググれ?嫌だよ面倒くせぇ。

じゃあ、おやすみなさい。