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二つの甲子園と2015年の夏について(その2)

おばんです。

昨日中途半端になったので、今回も甲子園の話を書こうと思います。

何と言っても清宮の魅力は・・・、あ、そっちはもういい?
まあねえ。野球経験の無い素人の語る野球談義なんて退屈の極みだわな。

さて気を取り直して。今回取り上げるのは同じ「甲子園」でも野球ではなく短歌のほう。
高校野球は今年で100年目ということで大々的に取り上げられていましたが、こちらも、桁はひとつ違うものの今回で10回目の節目となる「短歌甲子園2015」を見てきたので、その感想などをちょっと書こうと思います。

と、その前に余談をひとつ。「短歌甲子園」という大会は同時期に二ヶ所で開催されてます。
岩手県盛岡市で開催されているものと、宮崎県日向市で開催されている「牧水・短歌甲子園」です。俺が見てきたのは盛岡でやったほう。

ややこしいからどっちか名称を変えればいいのに、と思うんですよね。そうすれば一々こんな注釈を書かなくても済むんですが。特に今年は開催日も重なったりしてちょっと混乱しました。

そもそも高校生の大会だからってだけで何にでも「~甲子園」って付けるのが嫌いなんですよ。甲子園でやるわけでもないのに。調べてみたら宮崎の大会は今回5回目のようですが、それだと、当然岩手でも短歌甲子園をやってるのは知っていたはず。

・・・何が何でも「甲子園」って付けたかったのかなあ。理解に苦しむ。

あ、別に起源主張がしたいわけではないです。そもそも「~甲子園」的なネーミングが気に入らないってだけの話。「啄木短歌大会」とか「牧水短歌大会」ではダメなのだろうか。

あと、どうせなら開催時期も半年ずらすとかすれば、どちらの大会にも出られていいのになあ、とも思いますね。その辺上手いことやればいいのに。

まあ、それはどうでもいい話でした。

さて、短歌甲子園。俺が見に行ったのは8月21日(金)でした。本当は20日も見に行くつもりだったんですが、本家本元の甲子園で仙台育英が決勝まで残ったので急遽そっちの応援(無論テレビで)をすることにしたのでした。なお結果は・・・。でも、本当にいい試合だった。

そんなこんなで21日。いつものように寝坊した俺がバスに揺られて会場の盛岡劇場に着くと、ちょうど団体戦の二回戦が始まるところでした。タイミングばっちり。受付でパンフレットと個人戦の全投稿作品を一覧にしたプリントを手に入れて、ニヤニヤしながら会場入り。場内は参加者とその関係者と思しき人がほとんどで、部外者は俺ひとりなんじゃないかというような雰囲気。何となく悪いことをしているような気分で隅っこの席に陣取り、二回戦の詠草と審査員との質疑応答をチェックして(これは赤の勝ちだな)などと無責任なことを考えつつ、個人戦の作品にも一通り目を通します。誰からも頼まれてないのに大忙し。

そうそうルール説明。団体戦は三人一組の紅白戦。参加者は決められたお題に沿った短歌を交互に発表し、審査員との質疑応答を経て、最終的には五人の審査員の投票により優劣が決する、というシステム。二勝したチームが勝ち上がりです。

もちろん高校生の作品なので結構デキにばらつきがあります。こちらが唸るような凄い短歌もあれば、着眼点は面白いのに言いたいことが上手く纏まっていないものもある。

しかしそのどれにも高校生にしか詠めないような機微、十代でなければ出てこない発想や思いが込められているようで、最早四十代間際のオッサンとしては胸が熱くなるんですよ。

俺も高校生の頃に短歌を始めたかった。そして美人の先輩にマンツーマンで指導されたかった。句跨がったり句跨がられたりしたかった。そして「あなたって字余りね」って言われたかった…!

やっぱり俺も高校生の頃に短歌を始めたかったなあ。そして盗んだ俳句を賞に出したり、束ねた短冊で夜の校舎窓ガラス壊して回ったり、軋むベッドの上で優しさを持ち寄ったりしたかった…!


というような気分になるわけです。因みにこれは去年の短歌甲子園を見たあとのツイッターへの書き込み。トチ狂ってますね。

まあそれはそれとして。
俺も一応短歌を詠むので、エア審査員として作品を見ているわけですが、残念ながら勝敗予想は結構外します。これは俺に見る目が無いのではなく、敗れた高校生の作品にも光るところがあったという事なのでお間違えなく。審査では負けたかもしれないが、その短歌の良さ、俺にはちゃんと分かってるぜ!何の足しにもならないけどな!

さて。それではいくつか短歌を紹介してみませう。パンフレットには「ホームページ・ブログなどへの転載については、本大会で作られた作品である旨を明記のうえ、掲載することを認めます」と書いてあるので問題無いとは思いますが、もし何か問題があったら対応しますのでご連絡をお願いします。あと作者や学校の関係者で「名前を出されると困る」というような場合にも、即刻削除しますので連絡してください。

では。

悪気なく決めた
明日君と話せたら
ギターができると嘘をつこうと (水戸葵陵高等学校 戸田志門)


話題賞を獲得した作品。題は[嘘]だったと思います(曖昧で済みません)。「悪気なく」が面白いです。
同じ作者の作品では

黒板の数式
にょきにょきのびてゆく時
ぼくがただ遠く見ていたい時 (茨城県 水戸葵陵高等学校 戸田志門)


も好きでした。こちらの題は[時]。「にょきにょき」がいいですね。みるみる成長して、どんどん異形の怪物になっていく数式。そりゃ近づいちゃいけません。

あ、そういえば。岩手県の短歌甲子園では作品はすべて三行書きで発表されます。石川啄木に因んだ大会だからってことでしょうね。基本的に短歌は一行書きのほうがすきなのですが、どの句で行を分けるかというところにも作者の工夫が感じられて、これはこれで面白い。

ベトナムの森に鉛を撃ちし祖父
水鉄砲で
我と戯る (青森県立八戸高等学校 ガルブレス・サムエル)


啄木賞を受賞した作品です。題は分かりません。申し訳ない。

この歌、会場で見たときは「結句が啄木の本歌取りになってるんだな、上手いな」としか思わなかったのですが、上の句「鉛を撃ちし」も「訛りなつかし」とかかってるんですね。祖父との思い出をもとに、深いテーマをさらっと歌いつつこんな遊びまで。上手いなあ。

「初めて私、貴女に嘘をつきました。」
白い光が滑って
いった (茨城県 水戸葵陵高等学校 矢澤愛実)


特別審査員を務められた歌人の小島ゆかりさんから「小島ゆかり賞」に選ばれた作品です。題は[嘘]。あえて硬質な表現を使って、瞬間的な心の揺れを上手く歌っています。鍵括弧や行分けの工夫も効果的。

最後に個人戦で一位となった作品を二首紹介します。

まだ君は眠っているだろう
静けさの
自転車置き場は海に似ている (岩手県立盛岡第四高等学校 土谷映里)


題は[似]。個人戦、団体戦を含めたすべての作品の中でも、個人的には今回一番好きな歌でした。下の句が魅力的。

我の名を忘れてしまった祖母は今
微笑んでいる
桜満開 (青森県立八戸高等学校 小川青夏)


こちらの題は[笑]。孫の名前を忘れてしまった祖母への、それでも変わらぬ優しさと愛情。それを直接自分の感情として言うのではなく「祖母が微笑んでいる」「桜が満開である」と、情景描写だけで伝える技術。素晴らしい歌だと思います。

団体戦の優勝は岩手県立盛岡第四高等学校、準優勝は水戸葵陵高等学校でした。楽しかった。来年も行きます。不審者だけど通報しないでね。

そういえば、21日は短歌研究新人賞の受賞作が掲載された「短歌研究」の発売日でもありました。俺は今年は応募してないので何も関係なし。来年獲るからいいけど(一応毎年言う決まり)。

長くなりましたが今日はこの辺で。今から来年の甲子園が楽しみでなりません。野球も、短歌も。

サヨナラといふ勝ち方と負け方がありて真夏の雲流れゆく (小笠原和幸)

小笠原和幸さんも啄木と同じく岩手の歌人。そういえば短歌研究新人賞の受賞者でもありますね。今回のブログの締めに相応しい。大好きな一首。

ではまたそのうち気が向いたら何か書きます。

生きてたらな。

では、おやすみなさい。
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二つの甲子園と2015年の夏について(その1)

おばんです。山本左足です。

8月も残りわずか。めっきり涼しくなりましたね。俺は昨夜ついに毛布を引っ張り出してきてしまいました。いつもは「嫌だ!まだ夏なんだー!!」と言い張りながらガマンするのですが。寄る年波には勝てませんな。

さて、今回は甲子園の話。

1915年の第一回大会から100年目の節目となった今年の全国高校野球選手権。世間的には早稲田実業の清宮君が話題でしたが、俺的にはとりあえず、ちょうど開幕した8月6日に今年何通目かもう覚えていない不採用通知を受け取りまして、どよ~んとした気分で飲んだくれる日々が続いていたので、早実の試合はほとんど見ておりません。だって毎回早朝の第一試合なんだもの。

高校生はこんな朝っぱらから全力で野球なんかやってスゲーなあ、と思いつつ、テーブルの上に日々増えてゆく酒瓶の列を眺めて、溜め息をつきながら布団に入る。そんな毎日。

とにかく暑かった。俺の部屋は日当たりがあまり良くないのと風が結構入るのとで、夏は比較的涼しいのですが、今年はかなり暑かった気がします。毛布が恋しい今となってはそれすら懐かしいですが。高校生はこんな暑っついなか良く野球なんか出来るなあ、と・・・。

まあそれはさておき。今年は清宮幸太郎をはじめ小笠原慎之介、オコエ瑠偉、平澤大河らタレント揃いで面白い大会でしたね。高校野球百年の節目に相応しい良い大会だったんじゃないでしょうか。よくわからんけど。
そういえば、大阪では初戦(二回戦)で優勝候補の大阪桐蔭と履正社がいきなり当たって、地方球場に観客が詰め掛けて大渋滞になったとか、TOKYO MXで放送していた西東京大会が夕方5時で終了したせいで、ちょうどその時間に試合していた早稲田実業対八王子の試合が中途半端になってしまい「清宮見せろ!」とツイッターが炎上したとか(笑)、地方大会からいろいろ話題に事欠かない今年の大会でありました。

俺は岩手県民なので岩手代表や東北の代表校を毎年応援するのですが、残念ながら今年も優勝旗には届かず。しかし準優勝した仙台育英はもちろん、東北六県のうち五県の代表校が初戦突破の活躍(福島聖光は優勝した東海大相模と当たったのが不運だった)。近いうちに必ず優勝するだろうと信じたい。信じてる。

あと、俺も近いうちに就職できると信じたい。誰か仕事くれ。

そういえば、今年は数年ぶりに帰省して墓参りに行ってまいりました。
墓なんてもんは別に単なるモニュメントで、特に意味の無いシロモノ、と思っている不信心者の俺ですが、神棚も仏壇も無い部屋に暮らしていると、手を合わせて何かを拝むなんてことは日々まったくやらなくなるわけで。たまにゆっくり心を落ち着けて今は亡き祖父母や親戚のことを思い出したりするのも悪くない、とは思いました。まあ雨が降ってたんで、あまりゆっくりもしませんでしたが・・・。

えーと、本当はここからもう一つの甲子園の話を書こうと思っていたのですが、長くなっちゃったんでまた明日書きます。どっちかというと野球の話は単なるマクラで、短歌甲子園の話を中心に書くつもりだったのですが。計画性の無いのが俺の悪いところでもあり、サービス精神が迸って余計なことまで書いちゃうところが憎めないチャームポイントでもあり、そんな自分がたまらなく愛おしかったり。たまに殺したかったり。
内容の無い文章を延々と書く能力だけは他人に遅れをとらないと自負しているのですが、就職に役に立たないんだよお。

まあ、いいや。

短歌甲子園の話は今夜にでも書こうと思います。仕事ください。無理ならお金だけでもいいのでください。いやまあ気にしないでください。おやすみなさい。

「食」にまつわるあれこれ

おばんです。

長らくご無沙汰しております、山本左足です。

ブログをお休みしてからというもの、精神的・金銭的に非常に追い詰められた状態で、一時期どん底まで落ちぶれましたが今は若干回復してます。とはいえ状況そのものが改善したわけではないので、まあ、一進一退ですが。頑張れ俺。

さて、そんな中、明け方に酔いどれて、Twitterに「なんかテーマをくれたらブログ書く」的なことを呟いたところ(本人泥酔していてその前後の記憶が無い・・・)、フォロワーさんから「食べるというテーマで何か」というリクエストを頂いたので、久々に何かしら書いてみようと思います。

短く簡潔に、というのが苦手なので、思いついたことをだらだらと書こうと思います。

えーと・・・、夏ですね。
夏と言えば夏野菜。皆さんは何が好きですか。俺はトマトが好きです。
実家は農業をやっていて、メインは米なのですが、他に小さな畑もあって、小規模ながら様々な野菜を作ってました。夏野菜ならトマトのほかにナスやキュウリ、とうもろこしにかぼちゃなど。西瓜も何個か。いずれも家族で食べる分くらいですが。他にはニンジンやジャガイモ、大根なんかも作ってましたね。
ちなみに最近父の趣味(?)で肉牛の飼育も始めたらしく、何なら自給自足できそうな勢いの我が実家。
子どもの頃はトイレが汲み取り式だったので、肥料も自家製でしたね・・・w

さて、そんな恵まれた環境にあっても、好き嫌いは如何ともし難いものです。俺は体質的にアレルギーなども無く、食べられないものもほとんど無いのですが、ただ一つ、キュウリだけはどうしても食べられません。単純に味が嫌い(全国のキュウリファンの皆さんごめんなさい)。それが母には理解できないらしく、学生の頃、何度言っても仕送りにキュウリを混ぜてくるのには正直うんざりしておりました。折角送ってくれたのに、食わずに捨てていたのだよ。済まぬ。

ところで、一人暮らしが長くなって、大抵の料理は自分で作れるようになりましたが、その切っ掛けのひとつはキュウリが食べられない、ということだったりもします。ポテトサラダとか、キュウリさえ入ってなければ大好物なので。そういう意味では好き嫌いがあるのも悪くない・・・ことはないですね、やっぱり。何でも食わなアカンよ。

好き嫌いは別として、信仰や信条で特定の食べ物を口にしない、という人も居ますね。
肉や野菜を食べない所謂「菜食主義者」は、俺の子どもの頃は全部一括りで「ベジタリアン」と言っていたものですが、最近では様々に細分化されているようです→ベジタリアニズム
いろいろありますね。考え方はひとそれぞれ。個人的には、動物性のものをまったく口にしないというのもあまり健康に良くないんじゃないかと思うのですが・・・。

そもそも、野菜が獲れないようなところに暮らしている人たちも居て、そういうところでは、狩りをした獲物の生肉を食ってビタミンを補給していたらしいです。アザラシの腹の中に海鳥を詰めて作る発酵食品「キビヤック」なども有名ですね。食べるときは排出口(おしり?)に口を付けて発酵した中身を啜るとか・・・。勇気が要る。
そういえば、かつてシベリア大森林を横断して一大帝国を築いたロシア人たちは、本国からの補給の困難さ故に野菜や果物を口にすることが出来ず壊血病に罹るひとが多かったとか。ヨーロッパ人である彼らには生肉を食う文化が無かったのですね。全部焼いて食っちゃったからビタミン不足になった、と、昔何かで読んだ記憶が・・・(たぶん司馬遼太郎の書いた何かだったと思います。曖昧で申し訳ないw)

そんなこんなで、食文化というのも生活環境に左右されるものだから、一概に「動物を殺して食べるなんて野蛮!」というような、一部動物愛護団体の主張なんかは正直的外れだと俺は思います(まあ最近はかなり大人しくなってるようですが)。もちろん絶滅危惧種なんかは食べちゃいけない。それは当然として、例えば「可愛いから食べちゃダメ」とか「賢いからダメ」なんていうのはそれこそ差別的だと思う。ブサイクでバカなら食べ尽くしてもいいのか?・・・って言いたくなるんですよね、捻くれ者なんでw

獲りすぎなければ何を食ってもいいと個人的には思います。犬でもクジラでも昆虫でも。俺は愛犬家ですが、機会があれば犬肉は食べてみたいですね。クジラは昔給食で食べました(最後(?)のクジラ世代)。昆虫は、と考えて思い出しましたが、小学生の頃、田んぼでイナゴを捕まえて、その日のうちに佃煮にして食べましたね。取れたてのイナゴの味は格別・・・だったかどうか、定かではありませんが(佃煮はある程度寝かしたほうがいい気もする。何となくですが)。
しかし、考えてみると当時はヘリコプターで農薬散布なんかやったりしてたわけで(今もかな?)、衛生面ではちょっと問題ありな気もしますね・・・w

なんか思った以上にだらだらしてきましたがw とりあえずの結論としては、
食うために動植物を殺すのは仕方が無い。
どうせ食うなら出来るだけ美味しく頂きたい。
好き嫌いはなるべくしないようにしたい。
食わない動物の命はいたずらに弄ばないようにしたい。

と、まあ、そういう感じですね。

このブログは一応短歌のブログなので、ちょっと書いたら短歌の紹介に移る予定だったのですが、長くなってしまったのでまたそのうちにw

生きていたらまた会おう!

噂では明日世界が終わるらしい 早く食わなきゃカレーの残り

・・・今度はもうちょっと短いスパンで更新できればいいなあ、と思っておりますです。おやすみなさい。
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