温短歌拾遺

おばんです。

昨日もブログに書きましたが、「温」がテーマの短歌集『ぬくたん』に参加しました。

ぬくたんは六首だったのですが、様々な理由で載せられなかった短歌が結構あったので、今日はそれをここに載せてご機嫌を伺おうと思います。

どのように生きても辛いコーヒーは必ず冷えてゆくものだから

冷たさを二人確かめ合うように繋がれていく細い指先

「世知辛い世の中ですね。温もりも消費税分値上げだそうで」

体温を分け合い/奪い合いながら死んでひとつの化石に変わる

あたたかい国にはきっとあたたかい国特有の憂鬱がある

下腹部で劣等感を温めるいつか何かが産まれる日まで

夕焼けよ知っているのか心にも放射冷却現象はある


うーむ。「温」がテーマのはずなのに冷たい歌ばかり。

そういえば、「優しいの反対語は冷たいだよなー」ということを、昨日、おんたんの感想を書きながらぼんやりと考えていた。優しいというのは、温かいということなのか。

もっと温かい短歌を詠めるようになりたいもんです。では、また。おやすみなさい。
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『ぬくたん』の感想

おばんです。

今日は千原こはぎさん企画による「温」をテーマにした合同短歌集『ぬくたん』を読んだので、その感想を少し書きます。『ぬくたん』の入手方法などはこちら→ こはぎうた

66名による6首連作、総数396首!の大ボリュームなので、見逃している秀歌がたくさんあるとは思いますが、とりあえず第一印象で、気に入った歌、気になった歌をいくつか引いて簡単に感想を書いてみます。

しかしあるいは自販機の冷たい珈琲アイス・コーヒーが6℃の熱を持っていること 牛隆佑

「十一月二日/長い夢」より。この連作は六首でひとつの作品、という構成で、中から一首抜き出すのでは上手く伝わらないところもあるのですが。
温度の感じ方というのは、人の体温が基準となる。冷たい、と感じられるアイスコーヒーだって、凍ってはいないのだから少なくとも0℃以上はある(コーヒーの融点が水と同じかは分かりませんが)。自販機の場合おそらく6℃というのが標準の設定なのでしょう。確かに冷たい。しかし0℃ではない。ゼロではないんだ、という思い。「熱を持っている」という表現がいいです。発見がある。

ストリートビューで観光案内してくれたからパソコンがあたたかい 小川窓子

現実というフィルターで地図はあたたかくなるこの四角に居るんだね


「隅田の桜」から二首。この人の短歌は不思議なリズムで、短歌として読もうとすると句ごとの切れ目がよく分からない。かといってリズム感が無いわけでもなく、独特な感じ。
普通、定型に当てはまらない短歌は「読みづらい」と感じてしまうことが多いのでマイナス要素になりがちなんですが、この人の場合はこの文体が傷ではなく特徴としてプラス要素になっているように思います。
内容としてはどちらの短歌もテーマの扱い方が巧み。「ストリートビュー」「観光案内」「パソコン」「フィルター」「地図」など、温度を感じさせない単語を散りばめながら、読んでいるこちらまで温かくなってくるような短歌になっていると思います。

おもぶるに平等院を差し出してすき屋の朝にひかる温玉 東風めかり

「すきの屋で朝食を」より。「平等院を差し出して」がいい。ドキッとしました。そこからすき屋への落差も面白い。平等院→すき屋→温玉、とくるくるとイメージが変わっていくのが楽しいです。
「おもぶるに」は寡聞にして知らない言葉だったので検索してみました。「おもむろに」と同じ意味なんですね。「不意にゆっくりと」というような意味、と書いてありました。うーむ、分かるような分からんような…。

主よ人の望みよ喜びよ愛はスープを温めることでしょう 嶋田さくらこ

「冬をはじめる」より。…バッハでしたっけ(自信なし)。スープを温めるという、ただそれだけの行為が、まるで荘厳な儀式のように感じられてきます。短歌は「私性の文学」と言われるだけあって、個人的な哀感を歌うのにもっとも適した詩形。かっこつけたり大げさな表現を用いたりすると大抵スベるんですが、この歌の場合は上の句の畳みかけがちゃんと効いています。定型を外しているのもポイントで、これを定型に合わせた場合、慣用表現のように感じられてとたんに魅力を失ってしまうのではないかと思います。

真夜中のベンチ大きなストールを巻いて僕らは孵らぬさなぎ 千原こはぎ

「さなぎ」より。恋の永続を願う心情、その純粋さと危うさ。羽化したくないと願っても、いつかは夜明けがきて、ストールも解かれてゆく。孵らないさなぎというのは死んださなぎしか無い。そういう、純粋さのなかに暗い陰を感じさせる表現に惹かれました。

熱があるのにぬくもりがほしいとかバカだ何度も寝返りをうつ 西村曜

「体温計のない部屋」より。この歌に関しては、もう単純に共感してしまった。一人暮らしで風邪をひくと本当に心細いんですよ。表現にも諧謔味があってとても良いと思います。俺もいまだに体温計持ってないや。

ありがとう はらわたの煮える温度で雪の道でも体が動く 古井久茂

「腸が煮える」は怒りの感情を表す慣用句ですが、それをあたかも物理的な熱ででもあるかのように表現したのが面白い。更にそれを「ありがとう」と、怒りの対象への感謝としたところも皮肉が効いていていいと思います。

…本当はあと十首くらい印を付けていたんですが、今日は疲れてしまったのでまた機会があれば。

では、また。おやすみなさい。