初雪

かの年のかの新聞の
初雪の記事を書きしは
我なりしかな        石川啄木


おばんです。今日は啄木なんで三行書き。

奄美大島に115年ぶりに雪が降ったというので驚いていたら、続いて沖縄本島にも雪が降ったという話。本島で雪が観測されたのは史上初だそうで、まさしく「初雪」ですね。

寒波の影響で各地大変のようですが、反面盛岡は穏やかな毎日です。今日は入院していて受け取れなかったマイナンバーの通知カードを市役所で取ってきました。こんなもの、別に欲しくはないんだけど。

掲出歌は歌集『一握の砂』より。俺の持っている本では総ルビになっているのですが、調べたところ本によってルビが振ってあったりなかったりまちまちのようなので、今回はルビ無しにしました。読めないような歌じゃないし。

それはそうと、今回の「初雪」で、生まれて初めて雪を見た、という人も結構居たんでしょうか。
20歳や30歳になってから初めて雪を見る、というのは一体どういう経験なんだろう。
ちょっと想像がつかない。

そういえば、中学生の頃からずっと憧れていた甲本ヒロトと真島昌利を30歳を超えてから初めて見たときは、喜びとも感動とも少し違う、なんとも言いようのない感情におそわれたものですが、そんな感じでしょうか。違うか。

短歌の話に戻ると、昔読んだときはとりたてて特徴の無い歌だと思った、というか、読んだことすら覚えていないような歌だったのですが、今回のニュースを聞いて真っ先に思い浮かんだのが何故かこの短歌でした。記憶の底にひっかかっていたようです。

「かの年」「かの新聞」「初雪の記事を書きしは」と、カ行の音でリズムを作っていて、読んでいて気持ちが良い。おそらくそれで覚えていたのでしょう。

で、「かの年のかの新聞」って何だよ、と思ってググってみたらドンピシャの記事を見つけました。

こちらのサイトです。→ 石川啄木 漂泊の詩人

明治40年の小樽日報なんですね。こういうのをきちんと調べてる人は尊敬に価する。俺は適当だからなあ。

啄木は雪国のひとらしく、雪の短歌を結構詠んでいます。中で俺の好きなのは次の二首。

忘れ来し煙草を思ふ
ゆけどゆけど
山なほ遠き雪の野の汽車

さいはての駅に下り立ち
雪あかり
さびしき町にあゆみ入りにき

春の雪
銀座の裏の三階さんがい煉瓦造れんぐわづくり
やはらかに降る


・・・三首じゃねえか。
あ、「三階」と「煉瓦造」には俺の判断でルビを振りました。余計なお世話。

時代は隔たっていても同郷の感覚なのか、こういう短歌には共感します。案外やるな啄木。

奄美や沖縄の人がこういう短歌を読んだ時にどう感じるのか、ちょっと興味があります。やっぱり温度差があるんだろうか。沖縄に行ったことのない俺が、海の青さや珊瑚の美しさを完全には理解できないように。

寒波はまもなく収まってまた暖かくなるような話を古館伊知郎が言ってましたが、まだしばらくは寒い日が続きますので気をつけて。では、また。おやすみなさい。
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めざめれば

めざめれば又もや大滝和子にてハーブの鉢に水ふかくやる 大滝和子

おばんです。

今日は深夜の更新。仕事に復帰すれば毎日こんな感じになるかと思うと、ちょっと面倒くさい。こんな時間に書いて、一体誰が読むのか。わざわざ毎日見に来る人もそんなに居ないだろうしなあ。え、見てる?それはそれは、どうもありがとうございます。

・・・、なんかむなしくなってくるな。

まあ、ぼちぼちやります。さて。

最近変な夢ばかり見る。
こないだは高校生になった夢を見た。学校に行ったら校内がなぜか巨大な都市のようになっていて、教室がどこにあるのか分からずにさまよう夢。
一緒に居た友人や兄弟は皆居なくなって、俺ひとり、結局どこにもたどり着けないまま目が覚めた。起きてからしばらくの間、なんとも言えない悲しい気分だった。

高校生になった夢は比較的よく見る。中学生や大学生の頃の夢はあまり見ない。何故だろう。

俺は高校生に戻りたいのだろうか。よくわからない。ただ、戻りたかろうがたくなかろうが、絶対に戻れない、という現実だけがある。悲しい気分だ。

変身願望は万人が持っているものだが、実際に変身出来る人間はごく少数で、何の努力もせずに変われる人となるとおそらく皆無だ(宝くじでも当てれば別かもしれないが)。現実世界には異世界への入り口も無ければ魔法も無い。世界征服をたくらむ悪の秘密結社も存在しないし、大富豪の隠し子だったりもしない。

どんな夢でもいつかは覚める。覚めた後は、またいつも通りの現実を生きるだけだ。

そんな訳で掲出歌。水をやっている植物が、単なる観賞用の植物ではなく、料理や飲み物に使えるハーブであるところが良い。夢から覚めて現実へ。その感じがよく出ている。めざめれば、またいつもどおりの自分、いつもどおりの現実。それを喜ぶでも悲しむでもなく、ただ、ほんのわずかにがっかりする。そんな感じ。

変な夢を見た朝は、いつもこの短歌を思い出す。歌集『銀河を産んだように』より。

ところでフロイトによれば、夢と言うのは性的欲求不満の表れだそうだ。
もしそうなら、変な風に歪ませないで直接エロい夢を見せてくれればいいのに、と思う。脳は不思議だ。

そんなわけでそろそろ寝ます。別にエロくなくてもいいけど、どうせ見るならもっと楽しい夢が見たい。

皆さんも楽しい夢と楽しい現実を見られますように。では、おやすみなさい。