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歌壇賞受賞作を読んだ感想とか妄想とか

おばんです。

今日は第二十七回歌壇賞受賞作、飯田彩乃さんの『微笑みに似る』について感想を書いてみたいと思います。

ぱつぱつと大きな音をたてながらキィボードへと降る指の雨

連作の一首目。「指の雨」という表現が秀逸。初句、唐突に出てくる「ぱつぱつ」が、結句で雨の音へと変わる。その構成が見事。

そこだけが雪原の夢 プロジェクタの前にあかるく埃は舞って

同じく二首目。プロジェクタの光で浮き上がって見える埃を雪に喩えている。無味乾燥なオフィスのなかでそこだけが美しい。

一首目の「雨」、二首目の「雪」のように、連作全体を通じて「水」が出てくる歌が多い。「浅瀬」や「対岸」なども含めると、大半の歌に何らかのかたちで水を想わせる言葉が使われていて、それが連作にゆるい繋がりを持たせているように思う。

残業はみぞれのやうに降り続きわたくしが飲む水へと変はる

これも職場詠。雪国に住んでいると実感するのだが、みぞれは本当に嫌なものだ。冷たくて、べちゃべちゃしていて、傘に張り付く。だが、その嫌なみぞれが、やがては大切な飲み水へと変わる。単に「残業は嫌だ」というのではない、冷静で的確な把握。

輝きをすこし遅れて連れてくる川の蛇行は微笑みに似る

表題作。これはなかなか難解な表現だと思う。川の流れに沿って、上流から下流へと「輝き」が流れていくような、そんな時間差の感覚。…、いや、単に流れているのじゃなく、蛇行しているのだから、水面から水面へ、水切りの石のように輝きが跳ねていくような、そんな感じだろうか。微笑みという「輝き」が私という「川」へと届くまでの、彼我のわずかな時間差。それを川の蛇行に喩えているのだろう。…かな。自信なし。

川縁を歩くあなたがそこここに咲く花の名でわたしを呼んだ

舳先より遠くへ腕を伸ばしつつ風とは花を手放す力

真夜中に目を見ひらけば対岸のあなたから打ち寄せる寝息よ


一首ごとの完成度ももちろん高いのだが、連作として、ひとつのストーリーを妄想するとなかなか面白い。「花の名でわたしを呼んだ」と歌いながら、その後に「花を手放す」という言葉が出てくる。そして、寝息の届く距離で寝ているあなたのことを「対岸」に居る、と感じるようになる主人公。これ以上の引用は控えるが、二十八首目には「思ひ出のなかにゐるあなた」とある。読み方によっては別に失恋の歌ととらえなくても良いのだが。まあ、妄想です。

三十首全体に作者の工夫が行き届いている。「水」をモチーフにして連作に繋がりを持たせている、と書いたが、力の無い作者がそれをやると似たような雰囲気の短歌ばかりになるだろう。この連作の中での水は、様々に姿を変えながら、まさに蛇行する川のように流れていく。確かな表現力に支えられた、素晴らしい連作だと思う。

…と、まあそんな感じです。俺は連作が下手くそなんで、色々勉強になりました。

受賞作以外についても気に入った歌への感想をそのうち書くかもしれない。書かないかもしれない。たぶん書かないと思う。書かないんじゃないかな。ま、ちょっと覚悟はしておけ(この言い回しがさだまさしの『関白宣言』だと分かった君、僕と握手!)

そんなこんなで今日はここまで。明日は会社の健康診断なんで早寝早起きしなきゃ。おやすみなさい。
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