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出頭

失業し週に一度は出頭すハローワークの何がハローだよ 瀧音幸司

第四回歌葉新人賞候補作『ユンボと水平線』より

おばんです。

今日は仕事が休みなので、久々にハローワークへ行ってきました。仕事探しがライフワーク。

そして帰りにコンビニでミルクティーと肉まんを買って食べました。とても美味しかったです。あと『ヤングジャンプ』と『少年チャンピオン』を読みました。とても面白かったです。

で、家に帰ってからお土産に買ってきた「ハローワークに行ってきました」とプリントされたクッキーを妻と食べました。苦しょっぱかったです。終わり。

…どうせなら本当に売ってればいいのに、そういう土産物。あと妻もどこかに落ちてればいいのに。

えー今日の短歌。言うまでもなく、下の句でのエモーションの爆発がこの短歌の魅力なわけですが、今日はあえて上の句に注目したいと思います。

主人公は失業していて、少なくとも週に一度はハローワークに通っている。おそらく失業保険を給付されているのでしょう。失業保険を貰う場合、四週に一度失業認定が必要。で、認定されるには月二回以上の求職活動をしている実績が必要、ということで、まあ毎週のように行かなければならないわけですね。

面白いのはハロワへ出向くことを「出頭」と表現しているところ。辞書でこの言葉を引くと

しゅっとう【出頭】

( 名 ) スル

官庁などの呼び出しを受けて出かけること。 「 -を求める」 「裁判所に-する」 「 -命令」

他より抜きん出ること。立身出世すること。 「主君の気に入りて知行を取り-しける程に/仮名草子・浮世物語」

主君のそば近くつとめること。主君の寵愛(ちようあい)を受けること。また,その人。 「鎌倉殿の-を鼻にかけ/浄瑠璃・ひらかな盛衰記」        
                         「大辞林」第三版(三省堂)より

とあります。まあ①の意味で使っているのだから取り立てて珍しい表現でもないのですが、パソコンで検索してみたら「自首と出頭の違い」というのが出てきて、それがちょっと面白い。

出頭とは、犯罪事実や容疑者がすでに発覚している状態で、犯人自ら警察に出向くこと。(「違いがわかる事典」より転載)

通常我々が役所に出向くときは普通「行く」を使う。「ちょっと市役所に出頭してくる」などとは言わない。作者がわざわざ出頭という言葉を選んだ背景には、この「犯人自ら出向く」という意識があるのではないか。

無論失業は犯罪では無い。無いのだけど、働かずに保険を貰って、他にやることもなく暇を持て余し…という生活は、おそらく相当なストレスと罪悪感をもたらすのではないだろうか。収入が無いことへの恐怖、仕事が決まらないことへの焦りと苛立ち、自分がもはや誰からも必要とされていないのではないかという絶望感。それらがこの「出頭」に集約されているのです。下の句の爆発を引き出す為の導火線の役割を見事に果たしているわけですね。

個人的にハローワークという名称は大嫌いで、また公共職業安定所に戻して欲しいと思っている。俺がいくらハローと言ったところでワークの野郎完全無視ですよ。どうかと思うよ…。

そんなところで今日はおしまい。酒飲んで寝ます。では、おやすみなさい。
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フニクリ

いいパンツ過ぎるおんなは要注意 鬼のパンツはほぼいいパンツ 岡野大嗣

うたらばブログパーツ短歌「鬼」より

おばんです。節分の夜、といっても既に4日の午前4時ですが。いかがお過ごしですか。俺は疲れたよ。

節分については去年もちょこっと書いたので今回は割愛(去年の記事はこちら)して、さっそく短歌の話に移ろうと思います。今日はほかに書くことも無いし。

いいパンツではじまりいいパンツで終わるいいパンツ短歌。「いいパンツの日」があったら今日紹介するのは止めにしてその日まで取っておこうと思ったのですが、調べたら無いようだったので今日取り上げます。ちなみに「パンツの日」は8月2日だそうですよ。

2011年8月2日が100年に一度の「いいパンツ」だったわけですが、残念ながら逃してしまった事が悔やまれます。まあ2011年にはまだこの短歌自体発表されてないんですが。

ん?いや、別にパンツの話がしたいんじゃなかった。

まあパンツの柄や種類に限らず、女はほぼ鬼です(断言)。結婚する時にもわざわざ角隠しが必要なぐらいですから。

というのはともかく。あまり風流を解さないので能や歌舞伎には疎いのですが、『葵上』や『黒塚』のように、人間の女性が鬼になる話というのは結構ありますね。『道成寺』の清姫…は蛇か。でも能面(怨霊面)では生成り→般若→真蛇、という風にランクアップ(?)していくようなので、清姫も鬼の一種なんですかね。鬼=蛇、というのがよく分からないのですが。そもそも般若だって元は「智慧」を意味する言葉なはずだし。なぜ鬼になる?

まったくの門外漢なんでテキトーな事ばかり言ってますが、何となく、地獄なんかに居る男の鬼は最初から、種族として「鬼」という感じなのに対して、女の鬼は、人間が恨みで鬼になったもの、という印象があります。男で鬼に変わるのなんて「仮面ライダー響鬼」ぐらいでは?違うか。

まあ男の鬼と女の鬼の違いはいろいろあるでしょうが、一つ共通しているのがどちらも「いいパンツ」だということに他ならない。のです。うん。

強引に短歌の話に戻しますよ。これ以上能の話をしようにも俺には知識がまったく無いんだ。ごめんな。

さて。童謡『鬼のパンツ』は元々、イタリア登山電車のPRソング『フニクリフニクラ』の替え歌。この短歌はその更に替え歌、というか所謂「本歌取り」ですね。そういえば、『鬼のパンツ』はずっと作詞者不詳だと思っていたのですが、毎度おなじみwikipediaによると『ビューティフルサンデー』のヒットで知られる歌手の田中星児が作詞者だとか。ホンマかいな。

お、田中星児はグッチ裕三の従兄弟だそうですよ。どうでもいい?うん、俺も。

この短歌のポイントはもちろん「ほぼ」です。このたった二文字に、一瞬人を立ち止まらせる力がある。定型句のなかにこれが紛れ込んでくることで、その違和感が引っかかりになって思わず立ち止まってしまう。作者の思う壺です。全員がいいパンツじゃないのか、鬼の世界も格差社会なのだなあ、と、暗い気持ちになります。

いやまあこの短歌は「いいパンツをはいている女は鬼かもしれないから気をつけろ」と読むのが普通なんですが、どうも俺は脱線しかけているようで、安物のパンツをはいている鬼の哀しさ、みたいな方にちょっと気持ちが移っちゃってますね。どうしたものやら。

だいたい「要注意」と言われたところで、相手がいいパンツかどうかを判断できるようなシチュエーションになってしまったらもう、注意のしようが無いじゃないですか。「思ったよりいいパンツだったから、今日はちょっと…」とか言ったら、鬼じゃなかった人も鬼になっちゃいますよ。真蛇の面とか超怖かったよ。ググるんじゃなかったよ!

まあともかく。「パンツ」という単語が三回も出てくる短歌というのはおそらく他に無いのではないかと思います。リズミカルでコミカルで、なおかつ妄想のし甲斐もあるという素敵な一首。

よし。今日はここまで。いつもより余計にとっ散らかった文章になってしまい申し訳ありません。反省はしてますが後悔はしてません。

そういえば岡野大嗣さんの歌集『サイレンと犀』の感想も以前書きました。そっちは少し真面目に書いているのでよければ読んでみてください(これです)。『サイレンと犀』は良い歌集。

そんなこんなで今日はここまで。ってもう朝じゃねえか!

おやすみなさい。
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