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続・筆名について

おばんです。

今回は自分自身の筆名のことについてちょこっと書いてみようと思います。

の前に、まずは前回(筆名について)の反省から。

前回

筆名に関してはまず第一に「使うべきでない。短歌は本名で詠むべきである」という考え方がかなり根強くあります。

と書きましたが、「かなり根強く」は言い過ぎですね。俺自身何度か「短歌は本名で詠んだほうがよい」「あまり奇抜な筆名を使うのは感心しない」などと言われたことがあるのでそのように書いてしまったのですが、それだけだとさすがにサンプル数が少なすぎる。今も昔も筆名で活動している歌人は大勢居ますし。ろくに調べもせずに断定的な書き方をしてしまったのは良くなかった。以後気をつけます。

第一、の部分がいい加減だった以上、それ以降の文章の説得力も激減してしまうのですが、それはもう、申し訳ない、としか。全体的にちょっと主観的すぎるかなあ、とは思うのですが、嘘は書いてないつもり(少なくとも意図的な嘘は書いてません)なので、後は読んだ人それぞれの判断に任せようと思います。

さて、今日は俺の筆名について。

といっても由来に関しては別段面白い話ではないのです。友人宅に遊びに行った際、部屋にあったノートの何も書かれていないページの隅っこのところに 山本 左足 とメモってあるのを見つけて、「何これ?」と聞いたら「さあ、忘れた」とのこと。なんか人名みたいで面白いな、と思い、「これを俺の筆名にする」と勝手に宣言して、以来ずっとそう名乗ってます。ただそれだけの話。

俺はずっと短歌が下手でした。特に本名で詠んでいた頃は。本名、仮に<田中一郎>としますが、田中一郎はとにかく自己嫌悪と自己否定の権化みたいな奴で、過去に自殺未遂も経験しているなかなかの駄目人間です。そんな人間が短歌を詠もうと思っても「死にたい」とか「殺したい」とか、そんな言葉しか出てこなかった。ドリーミィでポエジーな短歌を詠もうにも、本名でそれをやるのには強い抵抗がありました。居もしない恋人へのありもしない恋心を歌ったりとか、今なら「事実より真実!」などと言って堂々とそういう短歌も詠みますが、当時は絶対に無理。第一友人や知人に読まれたら一発で「お前の短歌って嘘ばっかりだな」とバレてしまうわけですし。そしてバカにされちゃうわけですし。

<山本左足>と名乗るようになってからもしばらくは変わらず、中身は<田中一郎>のままで短歌を詠んでいたので、下手、というか嫌いでした。自分の短歌が。(薄汚い人間の退屈な日常を拙い短歌にしたところで誰が読みたいものか!)と思い、詠めば詠むほど劣等感と自己嫌悪の沼に沈んでいくようでした。

状況が変わったのはツイッターを始めてからのように思います。それまでの人間関係の中では<山本左足>=<田中一郎>だったのが、ツイッターでは変わった。田中一郎を知らない人たちの中に交わることで、<山本左足>が単なる筆名ではなく、ひとりのキャラクターとして独立した、というか。そういう場に立つことでようやく俺は嫌いに嫌い、憎みに憎んだ田中一郎を捨てて、山本左足という人間として自由に短歌を詠めるようになった、そう感じました。

上手くなった、というのとは違うかもしれません。それよりも、俺は自分の、というか<山本左足>の短歌を好きになった。俺はいつもバカみたいに自分の短歌を好きだ好きだと言っていますが、正確には<田中一郎>が<山本左足>の短歌を好きだ、という感じです。もちろん二重人格ではないので、どっちも自分なのは間違いないんですが。

どうしようもなく哀しいのは、いくら短歌を褒められても認められても、それは<山本左足>の手柄であって、本体の<田中一郎>は相変わらず、最底辺の駄目人間、という自己像を抱えたまま「死にたい」「殺したい」ばかりの日常を過ごしている、というところ。短歌関係の知り合いに直接会うことにどうしても積極的になれないのはそのせい。<山本左足>というペルソナが剥がれて、本体が出てきてしまうのを見られるのが嫌で嫌でしょうがない。一生ピエロのメイクをしたままで過ごしたい。

俺は本名ではろくな短歌を詠めなかったし、本名で詠んだ短歌を好きにもなれませんでした。心の中の由無し事を自由に表現するためには、名前だけでも別人になる必要があった。しかしそのせいで、(俺は本名で言えないようなことを言っている)(他人に嘘をついている)というような罪悪感を常に持つようになってしまった。いや、もちろん短歌は本気で、そして本心で詠んでいるつもりなんですが。

だからこそ、本名で活動している歌人に憧れがあります。「短歌は本名で詠むべき」と誰よりも強く思っているのは、他ならぬ俺自身なのかもしれません。俺はたぶん一生本名では活動しませんが。

そんなこんなで今回はここまで。筆名についてはまだまだ調べたり考えたりすることが多いなあ、と感じた数日間でした。何か考えがまとまったり改まったりしたらまた書くかもしれません。「続々・筆名について」とか「又また・筆名について」とか「痛快・筆名について」とか(このタイトルがかつてテレ朝で放送されていた時代劇『三匹が斬る!』のものだと分かった人は、心の中で僕と握手!)

次回からはまた日記プラス短歌の感想、というスタイルに戻そうと思います。戻らないかもしれませんが。まあ、その時になってみなきゃわからんよね。

では、また。おやすみなさい。
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