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初めて買った歌集

おばんです。

ちょっと前にツイッターで「初めて買った歌集は何か」という話題が出た際、いくつか候補を思いついたものの、どれが最初に買った歌集か結局思い出せなかったのが気になっていたので、昔書いていた日記を引っ張り出してきて確認してみました。

それによると、2001年の5月12日に友人宅で枡野浩一『かんたん短歌の作り方』(筑摩書房)を読んだのが短歌に触れた最初で、その日、友人にそそのかされて何首か短歌を詠んだのが始めたきっかけのようです。その時詠んだ短歌がどんなのだったかは覚えてません。「一句出来たよ」と言って友人に「一句じゃなくて一首だろうが!」と叱られたことは覚えてます。ちなみにその時俺をそそのかした友人が、後に「ユンボと水平線」で歌葉新人賞の候補になった瀧音という奴で、そいつは当時すでに600首くらい短歌を詠んでいたらしいことが日記に残ってました。そういえば、奴が俺に「短歌は本名で詠んだほうがいい」という考えを植え付けた張本人でもあります(苦笑) それと、「短歌結社ネガティヴ」が誕生したのもこの日のようです。といっても、酒が入った勢いで勝手に適当な事を言い合っていただけで、活動の予定なんて何一つ無かったのですが。

ちなみにその翌日には青森市のクォーターというライヴハウスでくるりのライヴを見たらしい。羨ましい。もう一回見たい。帰りに瀧音カーのガソリンが無くなり、十和田市の街中で、既に閉店後のガソリンスタンドで店員に頼み込んで2000円分ガソリンを入れてもらった、という話も書いてありました。(ああ、そんな事もあったなあ)と何となく思い出せるのが凄い。日記は残しておくべきだなー、と思いました。

ちなみに『かんたん短歌の作り方』は現在ちくま文庫版が出ているようです。そっちもそのうち買わなきゃ。とてもいい本。

その後はしばらく短歌の話が出てこない。フェリーニの『8 1/2』が良かったとか北野武の『ブラザー』のラストがイマイチ気に入らないとか、盛岡フォーラムに『A.I』を見に行ったとか『17歳のカルテ』が名作だとか、映画の話ばかり延々と書いている。他は友人と麻雀したとか酒飲んだとかそんなのばかり。

8月19日に『千と千尋の神隠し』を見たあと、友人たちと5人で恐山観光に行っているらしい。おぼろげな記憶によると、蝦名泰洋『イーハトーブ喪失』(沖積舎)を買ったのは青森の古本屋だったような気がするので、この時期に買っているのかもしれないんだけど記録が無い。無念。

サーカスはどうしてここへ来たのだろうみんな大人になった日暮れに 蝦名泰洋

歌集『イーハトーブ喪失』より。この歌集は電子書籍版が出ていたように記憶していたのですが、Googleで検索しても見つけられませんでした。勘違いだったろうか。

9月にはアメリカで同時多発テロ事件が起きています。が、俺は相変わらずで、公務員試験に落ちたりとかスーパーマーケットの採用面接に落ちたりとかしていますね。今は無き古本屋で藤子不二雄Aの『まんが道』中公愛蔵版をまとめ買いしたとかいう記述にまじって、『短歌雑誌ネガティヴ』零號が出たことがサラッと書いてありました。

その後、何か面倒くさくなったらしく、しばらく日記が途切れ途切れになっています。翌年の1月10日の記述に「『ネガティヴ』-1號発行。今は短歌の話をしている時が一番楽しい」とあったので、その頃には短歌にハマっていたようです。あと友人に借金したことが書いてある。返したかどうかは記憶に無い…。

2月、小林恭二『短歌パラダイス』(岩波新書)を読んで「短歌の読み方(そして詠み方)の幅が広がる名著」と感想を書いている。一流の歌人が一堂に会して歌合せをしたときの記録。短歌だけでなく、その様々な解釈も合わせて読める、とても楽しい本。長く絶版になっていたらしいですが、今は多分復刊されて入手しやすいはずです。

更に同時期、歌集を二冊購入している。林あまり『ベッドサイド』(新潮文庫)俵万智『かぜのてのひら』(河出文庫)。その後、4月に同じく俵万智の『サラダ記念日』(河出文庫)『短歌をよむ』(岩波新書)を読んだことが書いてあって、その後は『ネガティヴ』の感想文を書くのがダルい、とかそんなことばかり。

誰よりもきれいな死体になるだろう
それが理由で愛した少女        林あまり

ひかれあうことと結ばれあうことは違う二人に降る天気あめ 俵万智


それぞれ歌集『ベッドサイド』、『かぜのてのひら』より。

とりあえず、個人の歌集として最初に買ったのは、記録を見る限り『ベッドサイド』と『かぜのてのひら』のようだ、という結論に達しました。当時、読書日記みたいなものも別に書いていて、読んだ本の感想などはそっちに書いていたはずですが、それが残っていないので詳細は不明のままです。枡野浩一『ハッピーロンリーウォーリーソング』(角川文庫)のほうが早い気もするんですが、いつ買ったか分からないままでした。無念。穂村弘『シンジケート』(沖積舎)は更に数年後、確か花巻市の古本屋で見つけたはず。『ラインマーカーズ』(小学館)が2003年5月発行なので、たぶんそっちを先に読んでいると思います。最初期の頃に読んで影響を受けた歌集というとその辺ですね。当時としてはかなりベタなラインナップではなかろうか。篠弘編著『現代の短歌 100人の名歌集』(三省堂)はいつ出たやつだっけ、と思って調べたら2003年3月1日発行でした。この本もかなり熱心に読んだ記憶があります。

「レモネードレイン」と呼べば酸性雨すらも静かに叙情していく 枡野浩一

子供よりシンジケートをつくろうよ「壁に向って手をあげなさい」 穂村弘


歌集『ハッピーロンリーウォーリーソング』、『シンジケート』より。

昔の日記は手書きなので読むのに非常に疲れる。字が下手すぎて、古文書を解読しているような気分になります。こんな機会でもなければ滅多に読まないのですが、たまに読むと面白いので、皆さんも書いておくといいですよ。そういえば、

優等生と呼ばれて長き年月をかっとばしたき一球がくる 俵万智 『チョコレート革命』(河出文庫)より

という短歌について、<この短歌を不倫の歌と読むことは自由だが、「この時期作者は不倫していたらしいから、どうせこの歌もそういう内容の歌なんだろう」と読むことはおかしいんじゃないか。作品から作者の人生を想像するのはいいが、作者ありきで作品を読み解くのは間違っていると思う>と2003年の日記に書いてあって、何と言うか、俺は10年以上前から言う事がまったく変わってないなあ、と思ったりもしました。もうちょっと成長したいものです。あと、作品論とは別に作者論も当然あるべきなので、作者の経歴と照らし合わせて作品を読み解くことが絶対にいけない、などとはもちろん俺も思ってません。念のため。

では、そろそろ寝ます。おやすみなさい。
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