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おいとまをいただきます

おいとまをいただきますと戸をしめて出てゆくやうにゆかぬなり生は 斎藤史

歌集『ひたくれなゐ』より

おばんです。

ここ一週間ばかり精神的な落ち込みが激しくて、短歌も詠めない毎日です。昔ならこういう時は「もう嫌だ死にたい」みたいな短歌がたくさん出来たんですが。今はもう、真っ白な頭と無駄に大きな身体をただゆらゆらさせているだけの生き物です。

こういう気分の時はとにかく「死にたい」という言葉が口をついてしまいます。アレです、寒いときに「うう、寒い」と言っちゃうのと一緒です。言ったからってどうなるものでもないけど、つい言ってしまう。

宮本輝の小説ほどでは無いにせよ、一日のうちに数十回は死にたくなったりしますね。まあそうそう死にませんが。

宮本輝は若い頃結構好きで読んでましたが、いつからか、若い女性が海外でグッドルッキング・ガイと知り合って恋に落ちる、みたいな(俺にとって)どうでもいい話を書くようになってしまったので、それ以降あまり読んでません。『流転の海』シリーズは面白いという噂を聞いて何冊かまとめ買いしたんですが、結局そのまま本棚の肥やしになってますね。いつか読もう。個人的には初期の作品が好きです。『蛍川』とか『泥の河』とか『幻の光』とか(是枝裕和監督の映画版も良かった)。『青が散る』や『春の夢』、『優駿』も好きな作品。『五千回の生死』は正直良く覚えてませんが(笑)

にしても何故これほど鬱屈した気分になるのか、ちょいと自己分析してみたのですが、入院していたせいで収入が途絶えているのが一番大きい要因だと思います。みんなビンボが悪いんやな。他には特に嫌なことや悪いことがあったわけではないので、まあそのうちに元通りになるでしょう。それまではのんびり落ち込んでいることにします。

掲出歌については、俺がウダウダ読み解かなくても内容に関してはさほど難解ではないと思います。暗いテーマの短歌ですが、作者独特のユーモラスな語り口と平仮名を多用したやわらかな雰囲気でスッと心に沁みこんできます。印象的なのが結句の字余り。ピタッと定型に収まらないところが、何と言うか歌のテーマとリンクしているような気になりませんか。一行の詩のように人生を完結させられればいい。でも長く生きていれば、必ずそう綺麗には収まらない、はみ出してしまう部分が出てきてしまう。そういうことを表している…わけではないかもしれませんが、何かそういう感じを受けます。

『ひたくれなゐ』は昭和51年刊行で、作者が(多分)67歳のときの歌集。夫や母親の看病をせねばならず、大変な苦労をしていた時期のようです。この短歌に込められた感慨は夫や母に向けられたものかもしれませんが、同時に、もはや若くない自分自身の行く末にも思いを馳せたものだったのかもしれません。

臨終のときの言葉というのも色々ありますが、「おいとまをいただきます」というのはなかなかカッコいい気がする。覚えておこう…って、一人暮らしだと言っても誰にも伝わらない可能性がありますが(何となく、最期は孤独死しそうだと思っている)。あ、そういえば山田風太郎の『人間臨終図巻』が部屋に見当たらないことに最近気づいたんですが、誰が盗った?今名乗り出たら先生怒らないから。

さて、そろそろ寝ます。明日は今日より気分が落ち着いていればいいんですが。おやすみなさい。

やな気分でも無理矢理行くのさ
気分なんかほっといたって良くなるさ (アナログフィッシュ『行くのさ』より)
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