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3月のシーン

退屈をかくも素直に愛しゐし日々は還らず さよなら京都 栗木京子

歌集『水惑星』より

おばんです。久々の更新。

3月は卒業シーズンということで、今日はこの短歌。まあ厳密には卒業の歌かどうか知らないんですが。退屈を素直に愛せるのはモラトリアムが許されている学生時代の特権だと思う。俺は今でも結構退屈な日々ですが(苦笑)、全然愛せないし。結句もバシッと決まっていていいですね。これが田舎(郷里)から都会へ、だと希望に満ちた感じにはなりますが寂しさが足らず、逆に東京から田舎へ、だと都落ち感が強すぎていけない。京都というのは絶妙のロケーション。ずるい。
調べてみたら作者の栗木京子さんは京都大学卒のようです。となるとやっぱり卒業の歌ですね、きっと。春が来るたび思い出す、大好きな短歌です。

卒業式の思い出、何かあるかなー、と色々思い返してみたのですが、大学はドロップアウトしたので卒業式には出ておらず、高校も、何らかの事情で出席せず。確か、国立の滑り止めで受験した公立大学の後期日程と重なってしまったためだったような。中学校とか小学校になるともはや忘却の彼方で、卒業式の思い出なんてほとんど残ってないですね。というか、俺は「お昼寝の時間に一人騒いで周りに悪影響を及ぼすから」という理由で幼稚園を中退しているのだった。そりゃあ卒業式の記憶なんて残ってないはずだわ。むしろ小学校以降の記憶があるのが驚きだ…(幼稚園には半年ぐらい?後に復学しましたw 協調性が無いのは生まれつきで、結局治らなかった)

そういえば、卒業式が終わった数日後に学校に卒業証書を取りに行きましたね。職員室で、担任の教師から証書を授与されて、その場に居た教師達から拍手してもらって。晒し者になってるようで恥ずかしくて嫌だったけど、でも少し嬉しかった。年間200日遅刻する問題児の俺が国立大学に合格して心底ホッとしてた担任の高橋先生、俺結局大学辞めちまったよ。遅刻癖も治らなかったよ…。

三月が僕の部屋にも訪れて別れ支度を済ませと迫る

自作も一首。「食器と食パンとペン」さんにイラストを付けてもらったのがとても嬉しかった。最近ずっと不調でロクに新作も出来ないのですが、何とかまたいろんな人に届くような短歌を詠めたら、と思ってます。では、また。おやすみなさい。
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