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100%…SOかもめ!

おばんです。

いろいろ下らないことを考えていたら、ひとつ大変なことに気づいてしまったので、今日はそれを書きます。まず、次の短歌を読んで下さい。

もうダメだおれはこれから海へ行くそしてカモメを見る人になる (瀧音幸司)

瀧音さんの代表作とされる一首。今日はこの歌について考えてみたいと思います。

この歌のなかで重要なキーワードとなるのはもちろん「海」と「カモメ」です。海は日本人にとって最も身近な異界。「港」は本来「水の門(みのと)」、すなわち人間の世界(陸地)と人間の手の届かない異界(海)とを隔てる出入り口。海への憧れはつまり異界への憧れ。「海へゆく」という作者の宣言は、現実逃避願望の現われと言えます。

海に来れば海の向こうに恋人がいるようにみな海をみている (五島諭)

さて、それでは「カモメ」のほうは・・・、というと、やはり、あの有名な歌が思い浮かびますね。

白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ (若山牧水)

中島みゆきの『かもめはかもめ』や石川さゆりの『津軽海峡冬景色』などを聞いても分かるように、カモメは日本人にとって「哀しい」、「寂しい」という思いを抱かせる鳥。現実逃避のために訪れた海でも、主人公はやっぱりひとりぼっちの哀しいカモメに自らを投影している。その切なさ、やるせなさ。それこそがこの短歌の魅力だ、と、これまではそう思っていたのですが・・・。

実はこの短歌にはもうひとつキーワードがあります。そう、初句「もうダメだ」です。これは何がダメなのか。明示されていないので想像するしかないのですが、結構深刻そうな雰囲気は窺えます。どう考えても小一時間では戻ってこなそうな雰囲気。何がそんなにダメなのか。仕事か、恋愛か。あるいは家族、人生、健康・・・。健康!そこでまず第一のひらめきがあったのです。余命いくばくも無い男たちが海を見に行く、そんな映画があった。
そう、『ノッキン・オン・ヘヴンズ・ドア』。生まれてこのかた海を見たことがないふたりの男が、窃盗したり強盗したりしながら海を目指すドイツ映画。
あの短歌はこの映画の本歌取りなのでは!?映画の公開は1997年、あの短歌が出来た時期よりも明らかに早い! ・・・と思ったのですが、瀧音さんはドイツ映画とか見なそうだし(偏見)、歌と映画の雰囲気が違いすぎる。所詮妄想か、と思ったとき、第二のひらめきが生まれたのです。そう、鍵はドイツ語だ!

カモメはドイツ語で「メーヴェ」、そう、『風の谷のナウシカ』でヒロインが乗っている小型の飛行機械の名称です。ここまでくればもうお分かりでしょう。「海へ行く」の海とはナウシカ世界における「腐海」、「もうダメだ」というのはこの世界そのものを指している言葉だと。となると、カモメを見る人である「おれ」とは、腐海でメーヴェ(ナウシカ)を見守る人、すなわちユパ様!この短歌は『風の谷のナウシカ』の本歌取りだったのだ!謎はすべて解けた!!

このカモメの短歌を最初に読んだときの俺の感想は「なんかつげ義春の漫画みたいな世界観だなあ」というものだったのですが、実際はつげ義春じゃなくて宮崎駿だったんですね。的外れな感想を言ってしまったことを、恥じる。

短歌の感想を書くのは難しい、という話でした。では、おやすみなさい。
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