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はるか沖から

おばんです。

1994年の12月28日、青森県と岩手県を中心に大きな地震があったのを覚えているでしょうか。「三陸はるか沖地震」。Wikipediaによると、マグニチュードは7.6で最大震度は6。死者:3人 負傷者:784人とのこと。あらためて見てみると、結構大きな被害ですね。

当時俺は大学1年生で、冬休みなので実家に帰省していました。俺の実家は岩手県と青森県との県境付近にあり、はるか沖地震で一番被害が大きかった八戸市とは目と鼻の先(自動車で30分程度)なので、あの時は結構ビビリました。まあ、ビビっただけで済んだのは運が良かったわけですが。

年が明けてからも余震は続き、これもwikiによると7日の朝にM7.2 震度5の地震が再び八戸市を襲っています。テレビのニュースでも連日八戸の被害の様子が報道されていました。

が、暇と若さを持て余したあの頃の俺にとってはそんな惨状すら馬鹿騒ぎのタネでしかなく。「今度八戸さ遊びに行くべ。地震の爪痕を実地検分してくるんだ!」などとほざいて、友人と八戸に行く約束を取り付けました。

(※実はこの辺りの記憶は自分でもかなりあいまいなのです。大学の冬休みはそろそろ終わる時期のはずだし、友人も地元を離れて別の大学に通っていたので、このタイミングで一緒に八戸に行っているのは辻褄が合わない。友人と「地震の爪痕を検分」しに行ったのと八戸の地下街にある油っぽい中華屋でテレビを見たのは事実なのですが、それぞれ別の日だったのを多分ごっちゃにしてしまっている。なので、以下の部分に関しては基本的に創作だと思って読んでください)

約束の日。俺は完璧に寝坊してしまって、バタバタと着替えを済ませ、バスに飛び乗って何とか時間通りに八戸へ。何をして遊んだかは憶えてないのですが、まあ、どうせ本屋に行ったり古本屋に行ったり中古CD屋を物色したりしていたのでしょう。初売りなんてもうとっくに終わっていて、街はすっかりいつもどおり。バカ面さげてブラブラしてるのなんて暇な大学生ぐらいのもんで、拍子抜けするぐらい穏やかな午後でした。それでも、時折歩道のタイルが剥がれていたり、アスファルトに亀裂が入っていたり。地震以降休業しているらしい店なんかも何軒かはあって。そういうのを見るたび「あー」とか「おー」とか言いながら。

特に行くアテも無くなった頃、寝坊して朝食をとっていない俺は空腹が限界に達して、ふたりして地下街にある薄暗い中華料理屋に入りました。俺は炒飯と麻婆豆腐、友人が何を注文したかは憶えてません。料理が運ばれてくるまでの間、手持ち無沙汰のまま、何気なく店内の壁に取り付けられたテレビを見て、俺は絶句してしまった。ぽかーんとした顔でテレビを見ている俺に友人が「何、知らなかったの?今朝方関西のほうで大きな地震があって・・・」と説明してくれました。それを聞きながら俺は(怪獣が通った後みたいだ)などと、不謹慎極まりないことをぼんやりと考えていたように思います。阪神淡路大震災の発生から、十時間ほどが経過していました。

・・・以上創作終わり。実際俺はなぜあの時八戸に居たのだろう?一緒に居たのは果たして友人だったのか、それとも弟とかだろうか。ちょっとした謎。

ともかく、あの時食べた炒飯がやたらと塩辛かったこと、麻婆豆腐が水っぽいくせに無茶苦茶辛かったことと共に、あの日のあの映像は、おそらく一生消えない記憶として脳に焼き付いています。

さて、あれから二十年。実はつい最近になってようやく、八戸市の有志の方々が兵庫県へ、震災発生直後から4度に渡って救援物資を送る活動をしていたという事を知り、改めて、自分の無知と無恥を思い知った次第。逆に東日本大震災のときは兵庫を含め全国から多数の支援をいただき、俺の勤めている店にも関西からトラックで救援物資を持ってきてくれた人が居ました。ありがたい。

いつも傍観者でしかない俺にできる事なんてたかがしれているけれど、せめてこういう節目の時だけでも、今後大きな地震や災害が起こらないよう祈るぐらいは欠かさずにやっていきたい。・・・って、本当は昨日書くはずだったんだよこの記事。ダークネスに堕ちて断念してしまったけど(済まぬ)。

誰だっていつも笑顔で暮らしたい 無理と分かっていれば尚更

ではそろそろ寝ます。おやすみなさい。
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コメント

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性分

記事、読みました。短歌や世の中をほとんど知らなかった僕は
山本さんのブログを欠かさず読むことが習慣になっていまして。
ともすれば暗くなってしまう僕の性分を詫びます。
現実から逃げず、少しでも出来ることをやろうと思いました。

俊昭さんへ Re: 性分

> 山本さんのブログを欠かさず読むことが習慣になっていまして。

何と嬉しい。詫びることなんて何一つ無いですよ。これからもよろしくお願いします。
現実逃避に関しては俺のほうがパイオニアですよwリアルタイムで逃避中です。

低いほう楽なほうへとどこまでも流れていこう海へ着くまで

なんて歌を詠んでたぐらいで。
幾つになっても生きる事になれなくて、おっかなびっくり手探りですが。
お互い頑張りましょう。出来る範囲で。
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