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創作に至る病

おばんです。

今日はなにやら匿名で他人への誹謗中傷をした人が居たとかで、一時期ツイッターがざわついてましたね。嫌な話です。

昔から冗談で「短歌好きに善人はいない」などと発言しているわけですが、善悪はともかく、創作をする人間にはマジョリティは少ないだろうと思ってます。みんなマイノリティ。特に短歌は文芸の中でも弱小ジャンルなのでますますその傾向が強い気がする。それもサイレント・マイノリティ。なんとなく、周囲を見渡してのイメージですが。

心のなかにずっと雲がかかっていて、そこから延々と雪が降り続いている。短歌というのはその雪で作った雪像みたいなものじゃないか、と思うことがあります。ある程度現実に満足してしまうと、その雲は薄くなったり消え去ったりしてしまう。そうなるともう短歌は作れない。まあ、どちらがしあわせなのかは良く分かりませんがw

俺は自分の作った雪像にはどんなに下手なものでもそれなりに愛着があって、どれも大事だと思ってます。基本的に、誰にも見せずにこっそり庭に飾っておくだけでも満足できるオメデタイ脳みその持ち主なので、とにかく、自分の心の慰めになればそれで充分、というようなところがある。
けれど普通はちゃんと一般公開して、いろんな人に褒められたり認められたりしたいと思うものでしょう。誰だって天才になりたいはず。俺だってなりたかった。二十代のうちに賞を取って華々しくデビューして、いろんな人から「すごい、すごい」と褒められて、憧れられて。そうなる予定だったのに、どうしてこうなった・・・かはさておき、そういう自分の姿を夢想したことのない人は少ないはず。しかし現実には俺を含め九割の人は凡才に過ぎないわけです。どこかで妥協しなければいけない。

褒められたいし認められたいし愛されたいよねえ。そりゃあもう気が狂うほどに。

・・・で、そういう心理が暗黒面のほうに堕ちてしまうと、自分の言動で他人が怒ったり傷ついたりするのを見て喜ぶ、という風になってしまうのかなあ、とふと思ったのでした。とにかく他人に影響を与えたい、たとえマイナスの事でも、というような。

生きてる限り、努力するか妥協するかの二択でしかないわけで。努力する方向を間違えないようにしたいものです。

・・・何が言いたかったかよく分からなくなってきた。

話は変わらないようでちょっと変わりますが、俺は以前から創作活動というのは「趣味でやるストリップ」みたいなものだろう、と思ってまして。要は性癖を満足させるための露出なわけですが、他人からお金を取ろうと思ったらやっぱり「ダンスが芸術的」だったり「プロポーションが抜群」だったり「とにかくエロい」だったり、そういう際立った特徴が必要で。単に自分が気持ちよければそれでいい、というのではダメなのですよ。で、際立つためには結局日々の研究と努力、その上でやっぱり才能が必要になってくる。
俺なんかは特殊オナニストですから、見てる人が何と思おうが素っ裸でいられればそれで満足、みたいなところがあるわけですが(あくまで比喩ですからね、通報しないでね)、他人を勃起させようと思ったら「綺麗な裸」で「綺麗な踊り」を目指さなきゃいけないのですよ。それが出来ないからといって他の踊り子に泥団子を投げつけるような真似はやっちゃいけません。拍手喝采を浴びる踊り子のステージを舞台袖で見詰めながら、衣装の裾を噛んで「キーッ!」って言おうじゃない。そして枕を涙で濡らそうじゃない。いつかメインステージに立てるように、頑張るしかないじゃない。

まあ、何だ。たとえ100m9秒台で走れなくたって、日々タイムを縮めるべく努力している陸上選手を馬鹿にする人なんて誰もいないのだから。才能が無いなら無いなりにやっていくしかないじゃない。
・・・って、別にストリッパー云々のくだり要らなくね!?この一文だけで良くね?

ま、いいか。

認めたり認められたり認めてる人から認められたりしたい

あしたのためにその1、寝る。永遠に雪の止まない夜の盛岡から愛とか性欲とかいろんなものを込めて。おやすみなさい。
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