スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

本を読むろくでなし

本を読むろくでなしかと今思へば父のなげきの言ぞ正しき 小笠原和幸

おばんです。

昨日『歌壇』2月号を買ってきたので、今日は一日それを読んで過ごしました。至福のとき。
2月号は年に一度の歌壇賞の発表号。今回もツイッターなどでよく見かける方々の名前が候補者の中に散見されて、読んでいて楽しいと同時に刺激を受けます。あと選考座談会が面白い。
個々の連作や気になった短歌についての感想は、いつかきちんとまとめてここに書きたいです。毎年そう言ってて結局書けずじまいですが。あ、次回は俺が受賞するのでよろしく(これも毎年言ってる)。

さて。閑話休題。

世間的に、最近の若者は活字離れが酷いとか、いやいや電子書籍を含めればむしろ読んでいるとか、色々言われていますね。俺はどっちの意見が正しいのかよく分かんないんですが、ひとつ言いたいのは、俺の地元には本屋も無ければコンビニも無いんですよ。本を手に入れるためには、車で30分走らなければいけない。
ずっとそういう環境で暮らしていれば、読書の習慣なんて身につかなくて当たり前なんです。電子書籍もネット通販も関係ない。

で、そういう田舎というのは全国に少なからず点在すると思われます。活字離れ云々は都会のほうだけの話で、うちの地元みたいなド田舎では今も昔も状況は大して変わらないんじゃないかな、と思ったりもします。

もちろん、そういうところで育っても、学校の図書室や村の図書館なんかで読書の楽しみに目覚めてしまう子どもはいるわけですが、そういう子どもに周囲の風当たりは結構キツかったりするのです。何より親があまり良い顔をしません。新刊が欲しいという理由で遠い街まで行きたがる。小遣いをやれば大半は本に費やされる。それらが部屋にどんどんたまって埃っぽくなる。屁理屈ばかり覚え、口ばかり達者になり…、と、ちっとも良いことがありません。

先祖代々そういうところに住んでいるので、両親も祖父母も読書習慣など身についておらず、休日に部屋で本を読んでいるだけで変わり者扱いされたり駄目人間呼ばわりされたりします。マジで(うちだけ?)

なぜ急にこんな話をしたかというと、先ほど母が電話を寄越してきて、「どうせ部屋でゴロゴロしながら本ばかり読んでいるんだろう」と苦々しい口調で言うのにしばらく付き合わされたので。まあ愚痴を聞くのも親孝行のうち、と今では割り切ってますが。

…まあ実際部屋でゴロゴロしながら本ばかり読んでるしな。済まぬ。

小笠原和幸さんは個人的に敬愛して止まない歌人の一人。俺と同じく岩手県出身ということもあって、そういう意味でもこの短歌にはシンパシーを感じます。歌集『風は空念仏』より。

何にせよ、本を読まないろくでなしと本を読むろくでなしなら読むほうがまだマシ、と考えて、子どもが部屋でゴロゴロしながら本ばかり読んでいてもお父さん・お母さんは大目に見てあげましょう。同じ阿呆なら踊らにゃ損々。

最後に。阪神淡路大震災から、今日で21年目だそうです。俺にとっては記憶も定かでなくなるほどの長い時間ですが、当事者にとっては決して忘れられない記憶であり、消えない傷であるでしょう。改めて、亡くなった方々のご冥福を祈るとともに、遺族・関係者の皆様の健康と安全を祈ります。

では、また。おやすみなさい。
スポンサーサイト

コメント

Secret

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。