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自殺はずるい

だからもう僕らはずっと友達になれないままだ 自殺はずるい

おばんです。

正月に実家から貰ってきたドトールコーヒーのギフトセットがとうとう無くなってしまい悲嘆に暮れています。まあメーカーで淹れればいいだけの話なんですが、手軽に本格的な味が楽しめるのは良かったなあ。また飲みたい。

今日の短歌は自作です。昨日「うたの日」というサイトの歌会に出したもの。うたの日は毎日歌会をやっているサイトです。興味のある方はこちらから→ うたの日

別にネタが尽きたわけではないんですが、昨日酔っ払ってツイッターに「明日はこの短歌についてブログに書くぞ」みたいなことを呟いてしまったんで、今日はこの短歌についてちょっと書きます。たぶん、馬鹿みたいに長くなると思います。

さて。

数年前、このブログに「短歌雑誌ネガティヴ活動記録」という記事を何回か書きました。ちょうど新刊の出る時期だったので、それまでの歩みを簡単に書いておこう…というぐらいの気持ちで書き始めたのですが、スタート地点を少年時代に設定してしまったため(今思うと、何でそんな事をしたんだろう?)、書いても書いても終わらず、そのうちに飽きちゃってそれっきりです。というか結局『短歌雑誌ネガティヴ』が出来るところまでも進みませんでした。何だそりゃ。

第一回目のタイトルに「黎明編」と付けたところ、『ネガティヴ』元主宰(現・首領)のロンドン太郎さんから「手塚治虫の『火の鳥』みたいに、いずれは鳳凰編とか宇宙編とかあるの?」と聞かれたので「宇宙編は無いな。精々未来編とかギリシャ・ローマ編くらいじゃない?」と、そのように答えたのを覚えてます。まあ冗談なんですが、折角の思いつきだから、というので黎明編の次を乱世編にし、その後、もし飽きなければ望郷編、生命編、未来編と続く予定でした。ギリシャ・ローマ編は残念ながら未定でしたが。

望郷編と生命編で主役を張るはずだったのが、『ネガティヴ』同人のひとりだったF君です。活動記録の中では何でしたっけ、藤井?かな。その彼です。

俺とロンドン太郎、そしてF君は高校の同窓生ですが、俺は高校生の頃はとにかく暗くて、友達もひとりも出来ず…、と、まあその辺の事情は今まで散々ツイッターなんかにも書いているんで省きますが、とにかく最悪の三年間でした。

いつどこで誰が死んでもいいように学生服は男女とも黒

などという短歌をいまだに作ってしまうほど、高校時代というのは俺にとってトラウマで、当時を知っている同級生なんかとは、なるべく顔を合わせたくない。まあ向こうも俺のことは覚えてないようで、同窓会の報せなんか一度もありませんが(笑)

そんなわけで、俺は高校生の頃にはF君とまったく接点がありませんでした。

卒業してから、共通の友人であるロンドン太郎(たびたびこの名前が出てくるのウザいな。もう瀧音でいい?…いやまあ、とりあえずTってことにしとくか)、TからたまにF君の話を聞きました。東京に進学(就職?それすら定かでない)したこと、しかし全然学校に行ってないらしいこと、付き合ってた彼女に騙されて(?)借金を作ってしまったこと、結局東京を引き払って実家に帰ってきたこと、精神のバランスを崩して病院に通っていること、真夜中に酔っ払って電話してくること、しかもそのことを覚えてないらしいこと、自分も精神的にキツい時、たまにこっそりお薬を分けてもらってること(ダメ、絶対)等々。

おそらくF君にも、T経由で俺の話が様々に歪曲されて伝わってたことだろうと思います。実際に顔を合わせたことは高校卒業後数回しかありませんが、何となく(ダメ人間仲間)としてのシンパシーはお互いに感じている、そういう状態。

Tが突如として短歌にはまって、『短歌雑誌ネガティヴ』というアレな名前の同人誌を作ったとき、その頃まだ短歌など詠んだことも読んだこともなかった俺やF君も勝手にメンバーに入れられ、無理やり短歌を作らされました。それから数年間、彼とは同じ雑誌を作る仲間として活動しましたが、住んでいる場所が遠かったこともあり、直接顔を合わせることはほとんどありませんでした。

というか、俺が会いたくなかった。「高校生の頃の自分」を俺は憎悪していて、自己嫌悪と被害妄想が過度に膨れ上がってしまっているので、あの当時の知り合いとはなるべく会いたくない、俺のことは放っておいて欲しい、というのが本音でした。

Tからは「Fはお前に会いたがってるよ。絶対に気が合うはずだし、ちゃんと会って話をすればきっと仲良くなれると思うんだけど…」と何度も誘われましたが、そのたびに適当な言い訳をして、俺は彼と会うのを避けていました。

あの電話があったのはいつだったか。

実際の時期は全然覚えてないんだけど、何となく、寒い日だったような気がします。

うちに遊びに来ていたTの携帯電話にF君から連絡があり、しばらく話していたのですが、そのうちにTが「お前に代われって」と、電話をこっちに投げて寄越しました。

(何の用だよ、嫌だなあ)と思いながら電話に出ると、F君は案の定酔っ払っているようでした。

「もしもし、N君(本名)。俺、Fだけど」「うん」「あの、ちょっと話がしたくて」「うん」「あのさ、そのー、俺ら同級生だしさ。だからさ、…俺、次会った時はお前のこと、Nって呼び捨てにするからさ。だから、お前も、俺のこと呼び捨てにしてほしいんだよ。俺、Nの短歌好きでさ。『あの丘に風をさえぎるビルが経つ今夜も銀河鉄道(スリーナイン)は来ない』とかさあ。 だからさ。俺、もっとNと仲良くなりたいからさ」

それに対して俺は、あーうんそうだね、わかったわかった(棒)という感じで、適当に切り上げてそれっきりでした。酔っ払ってたし、どうせ覚えてないだろ。

結局、それが最後の会話になりました。「次」は永久に訪れないまま、彼はその年自殺してしまいました。

あの時。俺がもう少し真面目に話を聞いていれば。もう少し、こちらからも何か話していれば。「友達になろうぜ、F!」と言っていれば(いや、誰に対してもそんなこと言えないけれど)。

俺がもう少し何かを出来ていれば、彼は死ななかっただろうか。

答えなんて永久に出ない。それでも考えずにはいられない。

解けない問題だけを残して、出題者は消えてしまった。大量の宿題を出しておきながら、答え合わせのできない場所に行ってしまった。

そんなのは、ずるい。自殺はずるい行為だ。だから、俺は絶対に自殺なんてしない。

そう誓いました。まあ、たまにその誓いを破りたくなることもありますが。今のところ生きてますね。奇跡。

そんなわけで。俺はF君の話をしたり書いたりする時は必ず「F君」と君付けで呼びます。呼び捨てに出来る機会は永久に失われてしまった。悲しいことです。とても。

だから皆さんも、会える人とは会って、仲良くできる人とは仲良くしておいたほうがいいです。あと自殺はいけません。俺もなるべくしません。

活動記録が中途半端で止まっていたのも少し気になっていたので、とりあえず、その続編として書いてみました。活動記録自体は今後気が向けばまた書くかもしれません。そんなこんなで今日はここまで。長々と読んでくださりありがとうございました。

最後に、以前F君のことを思って詠んだ短歌を一首。彼のことを「友」と表現したのは、後にも先にもこの短歌だけだな。そういえば。

月に降る雨に打たれている友に傘を渡してやる術がない

では、おやすみなさい。
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