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短歌結社ネガティヴ活動記録(乱世編・その5)

短歌同人誌「ネガティヴ」に創刊号から参加している北村君(仮名)に「マニ車☆光」というふざけたペンネームをつけたのはぼくです。北村君済まぬ。
ただ、☆マークをつけたのが吉澤だということと、最終的に採用したのが瀧本だということは特筆しておかなければなりません。責任者が誰かは確定的に明らかなのです。
あ、マニ車が何か分からない人は各自で調べてね!

というわけで誰が何と言おうと山本左足です。まいど。
本来なら北村君もここで扱うべき重要人物のひとりなのですが、彼は健全な常識人なので、いまいち創作意欲が湧いてこないのです。もっとこう、ドロドロとした闇を抱えてないと。書いていて楽しくない(笑)

そういう意味では今回も(ぼくは)楽しいと思います(というか多分ぼくしか楽しくない)。曲者揃いのメンバー中でも「最も心の弱い男」(by瀧本)、藤井俊也君の話です。長いのでスルー推奨ですよ(笑)

最近の若者にも東京への憧れはあるものだろうか。

情報化社会だなんだと言ったところで、地方と中央との格差は結局どうあがいたって埋まらない。かえって、情報が手に入りやすくなった分、現地に行けない、リアルタイムで体験が出来ないという事に対する欠落感は強くなったのかもしれない。

それでも、今は良い時代だと思う。PCがあればリアルタイムで配信される動画も見れるし、欲しいものは通販で買える。

ぼくたちが高校生だった頃は、そういう事すら夢だった。卒業したのが1994年の春である。ウインドウズ95が歴史的な大ヒットを記録してPCが爆発的に普及し始めるのが名前の通り95年。ちなみに我が家にPCが導入されたのは2009年の事だが、これはさすがに遅すぎるので論外ですね(笑)

ぼくは地元の大学に進学した。「私立の授業料は払えない」と親に明言されてしまい、考えるのが面倒くさくなって「じゃあ岩手大学でいいや」という事になったのである。ノンポリである。
瀧本は秋田の大学へ。「なんで東京に行こうって思わなかったんだろうなあ?」と、後々首を捻っていたが、きっとぼくと同じでなんとなく、ゆるふわな感じで進路を決めてしまったのだと思う。
吉澤は東京へ行きたかっただろう。田舎よりは都会に相応しい男だと思うのだが、家庭の事情もあり叶わなかった。
そして、藤井君は東京へ行った。
進学か就職かもぼくには定かではない。その程度の繋がり・・・というか、当時はまったく繋がっていないのである。
なのでここからは瀧本から聞いた話を基にしたぼくの完全なる創作である。事実と異なる点が多々あります。

藤井君が上京した理由が進学か就職かは分からないが、目的は別のところにあった。
東京へ行きたい、という、それだけが目的だったのだ。
噂では東京にはテレビの民放局が5局もあるらしい。
24時間営業の店があるともいう。
そして、タモリが住んでるらしい。
憧れの街、東京。欲しいものが何でもある、夢の大都会。
・・・だけど勿論、そこに住んだだけで何者かになれるって訳じゃないし、何でもあるって事とそれを手に入れるって事は別の話だ。
憧れはあっという間に現実になる。
それも、自分が望んでいない現実に。
藤井君はバイトを転々としながら、目的と憧れを見失った日々をただふらふらと過ごしていたらしい。
当時田舎では絶対に手に入らなかった様々なものを、借金してまで買い漁ったりしたようだ。そうすることが、東京に居る事の理由になるとでもいうように。
家賃を滞納し、それを誤魔化すために更に借金をした。
それでいて毎晩のように飲み歩き、新宿で、自分と関係の無い酔っ払い同士の喧嘩に首を突っ込んだ挙句ボコボコにされて骨折で入院したりもした。

・・・というような話を、度々瀧本から聞いた。喧嘩で骨折した時は、東京まで見舞いに行ったようだ。

「たぶん、俊也はもう、自分の置かれている現実を自分じゃどうにも出来ないんじゃないかな。東京に居たって良いことないんだから、こっちに戻ってくればいいのに。アイツ最近精神安定剤とか飲んでるんだけど、酒と一緒に飲むもんだからベロンベロンになっちゃって。夜中に電話がかかってくるんだけど、薬のせいで呂律がまわってないし、次の日には電話した事自体覚えてないんだよな。もう、いい加減にして欲しい・・・」

という瀧本の愚痴も東京までは届かず、藤井君は東京でふらふらと日々を過ごしていた。家賃を滞納して大家さんが尋ねてきても、「大家さんがやってきた、ヤァヤァヤァ」などと言って笑っていたそうである(このフレーズ好きです)。

藤井君はやがて都落ちして地元に戻ってくるのだが、それはまだまだ先の話。
今はまだ、憧れが退屈な現実へと変わって、もはや何を目指し何に憧れたらいいかも分からないまま、ゆっくり、ゆっくりと落ちていくところ。
この先自分が短歌を作るようになる事を、彼はまだ知らない。
(乱世編その6へつづく)

短歌結社ネガティヴ活動記録(乱世編・その4)

前回までのあらすじ

東京湾に現れた謎の巨大生物によって壊滅的打撃を受けた首都東京。
治安出動した米軍首脳の下した結論は、核の使用と関東一円の土地を廃棄することであった。
それから数十年後。
日本は、死の大地と化した関東を挟んで、北東日本と西南日本とが、互いに相手の土地の正統な領有権を主張して空しい争いを続けていた。
そんな中密かに囁かれる都市伝説。
関東には生き残りの人間が少数ながら存在している。彼らは巨大生物の子孫を飼いならし、自分達を見捨てた外の人間に復讐する時を虎視眈々と狙っているのだ、とー。

・・・久々に中二病全開な文章を書けてぼく的には大満足ですが、何か?(今日の分はこれで終わってもいいくらいですよ)

さて、それはさておき乱世編のつづき。前回よりさらに長いので、物好きな人は覚悟して読んでください。↑の文章さえ無ければここまで長くはならなかったのに・・・(削らないけどね)

高校を卒業して青森県の印刷会社に就職した吉澤は、そこで、人間関係の構築にものの見事に失敗して、結局、数年でその会社を辞めてしまう事になる。

今なら分かるのだが、要するに、ぼくが高校に入学した時に体験した挫折と同じものを、吉澤は社会人になってから体験したわけだ。

まったくの初対面な人にどう接していいかわからない、というヤツである。

小学校から中学、高校と、ずっと同じ面子と顔を見合わせて生活してきた弊害である。気が合うやつ、合わないやつ、誰がどういうやつなのかを把握していた学生時代と違って、そもそもどういう性格なのかも分からない人と、一から人間関係を構築する訓練を、吉澤はまったく積んでこなかったのだ。

それでも、まあ、普通はどうとでもするのである。
天気の話をしたりとかね。
年齢が近ければそれなりに話題だって見つかる。筈。本来ならば。
しかし、これは吉澤の話だ。
彼はハリウッド映画を見ない。
野球もサッカーも格闘技も嫌いである。
「ジャンプ」も読まない。スラムダンクやドラゴンボールですらロクに知らない。ワンピースも読んでいない。
バラエティ番組もあまり見ない。
他者との共通の話題が極端に少ないのである。

結果、彼は職場で孤立したらしい。
本来はとても明るい男である。しかし、日に日に寡黙になり、表情は暗くなり、ついには体調にまで異変を来たして病院に通うようになった。

当時、ぼくと瀧本は世間知らずの大学生だった訳だが、常識人の瀧本は吉澤に我慢して勤めを続けるよう勧めていた。だが、社会人の大変さも知らぬまま、ぼくは無責任に会社を辞めるよう吉澤をそそのかした。

ぼくは、吉澤の境遇に、高校の頃の自分を重ねていたんだと思う。

どいつもこいつも腹が立つ。
何も知らないくせに。吉澤がどんなやつか知りもしないくせに。
お前らが知らない事をたくさん知ってるやつだ。お前らには想像もつかない事ができるやつだ。
会社の同僚は吉澤を無能扱いしたらしい。
後輩からは「あの人は何で喋らないんですかね?」と陰口を叩かれたとか。
辞表を提出する際には、社長の奥さんから「あんた、性格で損してるよ」と、捨て台詞のように言われたらしい。
ふざけやがってまったく。こっちが大人しいのをいいことに勝手な事ばかり言いやがって・・・と、まあ、当時のぼくはそういう風に思ったわけです。
自分と重ね合わせてます(因みに、彼は後に退職時のエピソードを自虐ネタとして伊集院光のラジオ番組に送って見事採用されていた。ぼくは彼のそういう笑いのセンスが心底うらやましい)。

ただし社会人になった今となっては、瀧本の言ってることが正しかったとつくづく思う。人間我慢が必要です。青臭い理想なんて何にもなりません。苦しい事をしてお金を貰う。そしてそれを楽しいことに使う。それで良いのです。

その後、吉澤は職を転々とする事になる。我慢が足りないのか、理想が大きすぎるのか。その辺は、良く分からない。

ぼくは吉澤を、猿の群れの中に混ざってしまった鳥なんじゃないかと思っている。
もしも、彼に与えられた環境が檻じゃなくて空だったら。
あっと言う間に手の届かないところまで飛んで行ったんじゃないか、と。
地上では、彼は確かに無能だ。翼も嘴も鉤爪も、邪魔なだけでなんの役にも立たない。
然るべき場所さえ与えられれば、素晴らしい能力を発揮する筈だと(勝手に)信じているのだけれど。

才能の九割五分はその人の生まれ育った環境による カリフラ沢ブロッ子

と言いつつも、実は、ぼく自身はこの歌のような考え方には賛同しない。色々書いたけど、ぼくは都会より田舎が好きである。自分の生まれ故郷は素晴らしいところだと思っているし、どんな環境だって才能のある人は必ず頭角を現してくると信じている。

だから吉澤も今に必ず頭角を現すはず、と、信じ続けてもう二十年以上経つ(笑)ぼくは彼をずっと天才だと思っていて、くっついていれば電気グルーヴにおけるピエール瀧みたいなポジション・・・というのはピエール瀧に失礼だから、チャゲアスにおけるチャゲみたいなポジションにつけると信じていたのに(だから失礼だというのに)。そろそろ本領を発揮してください。ぼくの(他力本願な)人生が掛かっているんだから。
お願いします、本当に。
(乱世編その5につづく)

短歌結社ネガティヴ活動記録(乱世編・その3)

Toisu! 山本左足です。
今日はポリシックスを聞きながら更新してるわけです。「トイス!」はポリシックスのハヤシが考案した挨拶。
ライブの掛け合いなんかでも使われるので、覚えておくといざという時(どんな時かは知りませんが)役に立つかもしれませんよ。

さて。今回は乱世編第三回。
ぼくにポリシックスの素晴らしさと「トイス!」の正しい使い方を教えてくれた男、吉澤克彦の話です(結局ぼくの音楽知識は全部彼からの受け売りだ・・・)。
後編のつもりでしたが中編になりました(涙) とんでもなく長い上にまたもや中途半端なので要注意です。

さて。
一応前回のあらすじ。

吉澤克彦は電波塔フェチである。

では、つづき。

最近は、都会の暮らしに疲れた人たちが、田舎に憧れて移住したりするという話を聞いた。
はっきり言って、おすすめ出来ない。
不便だからとかいう事ではなく、もっと本質的に、都会で育った人は田舎暮らしに慣れないと思う。というか、地元の人たちが受け入れてくれるかどうか怪しい。

みんな結構誤解しているけれど、別に、田舎の人のほうが都会の人より親切だとか、人情味があるとかいう事は無い。
むしろ、よそ者には凄く冷たいと思う(特に北のほうの田舎は)。
考えてみれば当たり前の話で、田舎の人が親切なのはみんな顔見知りだからだ。
都会で育った人には想像もつかないだろうが、例えば、ドコソコの家の次男が大学受験に失敗して今はアソコの板金工場で働いてるだの、その板金工場の長男のダレソレ君はナントカいう店のホステスに入れ込んで家庭が崩壊の危機だ、娘が高校受験なのに、だのと、親戚でもなんでもないご家庭の事情まで熟知しているのが当たり前なのである。
家に鍵を掛ける必要が無い?そりゃそうだ。滅多なことをすればすぐさま村中の話題である。
先祖代々同じ土地に住んでいて、誰もが生まれた時からの顔馴染み。共通項が多いからこそ優しくしてくれる。
田舎の人間が親切にするのは「よそ者」にではない。あくまで「仲間」に対しての話で、その「仲間」という意識の働く範囲が少し広いというだけだ。よそ者には、むしろ冷淡です。

前置きが長くなり過ぎた。

吉澤は、勿論、よそ者では無いのだけれど、上に書いたような田舎者同士の横のつながりみたいな事に興味がない・・・というより、はっきりとそれを嫌う男である。
独立自尊の人なのだ。
つまり、よそ者じゃなくてはみ出し者。
そして、そういう人にも田舎者は冷たい。
ちなみにぼくは能力的に劣っていただけの、愚鈍な落ちこぼれ。
もちろん周りは冷たかった。
吉澤とぼくとが意気投合したのは、はみ出し者と落ちこぼれ、共に周囲に馴染めない人間だったからなのだろう。

吉澤は地元の高校に進学した。
当時はまだヤンキー文化の色濃く残る頃で、彼のような周囲に迎合しない男が、あんな環境で良く生き延びたものだと思う。

彼はいわゆるインテリでは無いものの(かつてぼくは彼に「小説って面白いの?」と質問されたことがある。「モノによる」と答えたと思う)、好きなことに対する専門知識とこだわりは他の追随を許さない。

卒業後はその専門知識を生かした仕事にでも就くかと思いきや、そんな事もなく、青森県八戸市の印刷会社に就職した。

そして、吉澤はそこで大きな挫折を味わう・・・のだが、さすがに長すぎるので今回はここまでね。本当はここからをメインで書く予定だったのになあ。どうしてこうなる・・・。
(その4につづく)

短歌結社ネガティヴ活動記録(乱世編・その2)

おはこんばんちは、山本左足です。

前回予告したように、今回から数回にわたって、高校を卒業したあとのメンバーそれぞれの足取りを追っていってみようと思う。

第一回目はカリフラ沢ブロッ子こと吉澤克彦君の物語(フルネームは今考えた)。
実在のモデルが居るとは言っても、あくまでもフィクションですので、ぼくの想像によるところが大きいという事を改めて言っておきます。事実よりも面白さ優先です。後、今回も結構長いです。しかも途中で終わってます。読んでも何ひとつためにはなりません。よろしく。

さて。
雛鳥のときから鳥かごで飼われた鳥は、成鳥になってからも空を飛ぶことが出来なくなるという。
窮屈な鳥かごに押し込められて、空を飛ぶ訓練も出来ないまま成鳥になってしまった地上の鳥。
ぼくにとっての吉澤という男のイメージは、それに尽きる。

そもそも吉澤は東北の田舎町に似合わない男だ。
例えば、彼はジーパンを履かない。
例えば、彼はハリウッド映画を観ない。
例えば、彼は「少年ジャンプ」も読まない。
周りの人がみんな履いてるから、とか、世間で流行っているから、とか、そういう事をまったく気にしない。自分の中にしっかりとした価値観があって、それを基準にして動く。少年期から今まで、吉澤はずっとそうである。
良く言えば、孤高。
悪く言おうと思えば、いくらでも言える。協調性が無いとか、わがままだとか。世間からずれているし、頑固で、意地っ張りである。
更に言うと、何と、今このご時世になっても、PC、スマホはおろか携帯電話すら持った事が無い(にも関わらずぼくより詳しいのには納得がいかない)。要するに、かなりの変わり者なのである。
そして、そういう変わり者は、少ない情報を皆で共有し、それによる連帯意識によってスムーズに共同体を運営していく、という田舎町ならではのスタイルにそぐわない。右へ倣えが出来ないと、田舎ではなかなか生き難い。

これでファッションや音楽などに対する感覚が鈍ければ、ぼくと同じ、単なるうすのろ野郎で、それなりに田舎町にも馴染むものなのだが、吉澤の場合、困った事にセンスだけは抜群に良いのである。

特にロック音楽。ユニコーンや真心ブラザーズに始まって、スーパーカーやくるり、アジカンもフジファブリックもサンボマスターもアナログフィッシュも、みんな吉澤に教えてもらった。最近だとMow Mow LuLu Gyabanとか。しかも、大半がメジャーデビュー前だったりする。情報が早くて、しかも的確。
今でこそぼくも、「アルバム全部持ってるよ。デビュー当時からファンで~」などとしたり顔で知人に語ったりするけれど、何のことはない、すべて吉澤から仕入れた知識の受け売りである。

因みに、中学時代、テレビの民放局が2局しか無く、地元にはまともな本屋もレコード屋も一軒も無い劣悪な環境の中(我が地元は人間よりも牛の数のほうが多いとまで言われるド田舎である)、吉澤は主にラジオから音楽情報を収集していたらしいのだが、電波状況も良くない中でニッポン放送やTBSラジオを頑張って受信し続けた結果、彼は完全なるラジオマニアになってしまった。
今では電波塔に対して止め処ない愛情を抱く超弩級の変態である。
アンテナを見ると萌えを感じるという、可哀想な男になってしまった。

田舎町に生まれたが故の不幸である、と、言わざるを得ない。
(乱世篇その3につづく)

短歌結社ネガティヴ活動記録(乱世編・その1)

「上の空」という言葉があるじゃないですか。
少し気になって調べてみたら、どうやらもともとは、文字通り空の上のほうを指す言葉だったらしいです。
その後、落ち着かないさまを表すものとして「心空なり」という言葉が出来(仏教用語っぽいですね、雰囲気だけですが)、さらにそれを強調するために「上の空なる心」という風に言うようになったとか。
そういえば競馬用語で、馬がレース中などに気を散らせて集中力を欠いた行動をすることを「ソラをつかう」というらしいですが、何か関係があるのでしょうか。面白いなあ。

・・・あ、違う。こんなことが言いたいんじゃない。

ネガティヴ活動記録だった。うっかりしていた(上の空だった、というネタが言いたかったらしい。でも、あまりにも露骨で面白くないと気付いて止めたらしい。その癖全体を書き直すのは面倒くさいらしい)・・・駄目だなあ。

さて。
黎明編の終了後、友人から「次は未来編なの?それともギリシャ・ローマ編なの?」という質問を受けまして、その時は「火の鳥じゃねえよ!」と応えたのですが、折角のネタ振りなので、乗っかって「乱世編」にしてみました。
内容とは特にリンクしておりません。悪しからず。

ということで今回はこれまでですが、次回からは乱世編です。
高校を卒業してからの我々の足取りを、ひとりひとり列伝形式で追っていってみたいと考えています。
最初に取り上げる人物はカリフラ沢ブロッ子こと吉澤君の予定。

当然、いくら親しくても他人のことですので、分からないところは想像で補うかたちになります。あくまでもフィクションですので、明らかな事実誤認でもない限り本人(モデルの人)からの苦情も却下しますのでよろしく(笑)

あ、もちろん短歌は作りませんのでご安心を!!

というわけで、全国1~数人(ぼくを含む)のネガティヴ活動記録ファンの皆様は次回をお楽しみに(て言うか、一体何人が見てるんだろう、こんなの)。
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