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アイアイ

解答欄ずっとおんなじ文字並び不安だアイアイオエエエエエエ くどうよしお

うたらばブログパーツ短歌「解」より

おばんです。

相変わらずおちんこ見がち、もとい落ち込みがちな毎日を過ごしてますが、今日はちょっと嬉しいニュースがありました。

うちの甥がスポーツ推薦で無事地元の高校に合格したそうです。良かった。

兄のところには子供が三人居て、長女は舞踊の大会で優勝して地元のテレビで特集されたりしていたし、次女は卓球でインターハイに出場したりと優秀で、しかもどっちも現役で国立大学に合格するほど頭も良かったものですが、歳の離れた末っ子長男の甥は甘やかされて育ったせいかどうもパッとしない…、いやスポーツは推薦されるぐらい優秀だし真面目にやってるんですが、勉強のほうがまったくアレで。病気療養と称して年末年始一ヶ月くらい実家に厄介になっていたのですが、その間勉強しているところをついに一度も見なかったぐらい、どうやら本格的に勉強嫌いの様子。要らぬお世話と知りつつも「勉強見てやろうか」と度々声をかけたのですが煙たがられるばかり。いくらスポーツ推薦とはいえ大丈夫かしら、と心配していたのですが何とか引っかかったようで、本当に良かった。

叔父というのは、親戚とはいえ子供の教育には別に関係が無いので、ただただ可愛がってればいいだけの非常に楽でおいしいポジションだと思う。優秀だろうがぼんくらだろうが、俺にとっては別にどうでもよくて、どの子も同じぐらい可愛いんですが、姉が優秀だと劣等感を抱いたりしないものか、と、兄弟のなかで一番ぼんくらだった俺としてはその点がちょっと不安に感じたりもします。まあ、今のところ姉二人とも仲良くやってる感じなんで、余計な心配かもしれませんが。男兄弟と姉⇔弟、という関係とでは感じ方が違うのかも。あとは弟(妹)が居ないというのも大きいかもしれない。俺の場合、二歳下の弟と比較されて「お前は劣っている」と家族に言われ続けたのがキツかった。なので俺としては、今日このブログに書いたような「姉二人は優秀だったのに」的なことだけは絶対に言わないように気をつけて接していたつもり。

「絶対叱らない(危険な事をした時以外)、絶対貶さない、とにかく褒める」というのが、若い頃に決めた小さい子どもに接するときの自分ルールで、それは一応守れていた筈だと(自分では)思ってます。これが自分の子どもなら当然叱ったり、場合によっては叩いたりする必要もあると思いますが、叔父にはそんな責任は無いのでただただ可愛がる。子ども好きにとっては一番いいポジションですね、きっと。

さて今日の短歌。この短歌の一番のポイントは四句目にあると思うのです。結句の「オエエエエエエ」が嘔吐の擬音にもなっていて、そこに工夫があるわけですが、でも、例えば四句目を「とても不安だ」とかに置き換えたら、この歌の良さは半減してしまう。結句の工夫が逆にあざとく感じられてしまうのです。上の句はほぼ定型(一句目は六音ですが、語尾の「ん」は発音的に意識されないことが多い。「新幹線」なんかも、五音に感じられませんか)に収まっているのに対し、四句目は八音になり、かつ、意味の上でも「不安だ/アイアイ」と句の途中に切れ目が生じているのですが、その定型が崩れるさまがまさに「不安だ」という感情とリンクしていて良いと思います。改悪例で出した「とても不安だ」だと、定型に沿っているにも関わらず(というか、それゆえに)不安さが出ない。そして「アイアイ」が良いんですよ。これが前フリになっているおかげで、大オチの「オエエエエエエ」が最大限に生きる。きっと誰でも経験している、いわゆる「あるあるネタ」みたいな短歌ですが、単に「そういう事あるよねー」で終わらせないエンターテイメント精神が素晴らしいです。

ちびっこだった甥も春から高校生ということで、俺もいつまでもおちんこ出てばかり、もとい落ち込んでばかりも居られないと思ってます。もうちょっとしっかりしなければ。いつか甥や姪に見られるかもしれない記事を書くときに限っておちんこおちんこ言っている場合じゃないんですよ、まったく。俺も下ネタに頼らないエンターテイメント性を身につけたい。

というわけで今日はここまで。おちんこ出るときは美味しいものを食べてたくさん寝るのが一番、ということで、とりあえず飯を食います。では、おやすみなさい。

おいとまをいただきます

おいとまをいただきますと戸をしめて出てゆくやうにゆかぬなり生は 斎藤史

歌集『ひたくれなゐ』より

おばんです。

ここ一週間ばかり精神的な落ち込みが激しくて、短歌も詠めない毎日です。昔ならこういう時は「もう嫌だ死にたい」みたいな短歌がたくさん出来たんですが。今はもう、真っ白な頭と無駄に大きな身体をただゆらゆらさせているだけの生き物です。

こういう気分の時はとにかく「死にたい」という言葉が口をついてしまいます。アレです、寒いときに「うう、寒い」と言っちゃうのと一緒です。言ったからってどうなるものでもないけど、つい言ってしまう。

宮本輝の小説ほどでは無いにせよ、一日のうちに数十回は死にたくなったりしますね。まあそうそう死にませんが。

宮本輝は若い頃結構好きで読んでましたが、いつからか、若い女性が海外でグッドルッキング・ガイと知り合って恋に落ちる、みたいな(俺にとって)どうでもいい話を書くようになってしまったので、それ以降あまり読んでません。『流転の海』シリーズは面白いという噂を聞いて何冊かまとめ買いしたんですが、結局そのまま本棚の肥やしになってますね。いつか読もう。個人的には初期の作品が好きです。『蛍川』とか『泥の河』とか『幻の光』とか(是枝裕和監督の映画版も良かった)。『青が散る』や『春の夢』、『優駿』も好きな作品。『五千回の生死』は正直良く覚えてませんが(笑)

にしても何故これほど鬱屈した気分になるのか、ちょいと自己分析してみたのですが、入院していたせいで収入が途絶えているのが一番大きい要因だと思います。みんなビンボが悪いんやな。他には特に嫌なことや悪いことがあったわけではないので、まあそのうちに元通りになるでしょう。それまではのんびり落ち込んでいることにします。

掲出歌については、俺がウダウダ読み解かなくても内容に関してはさほど難解ではないと思います。暗いテーマの短歌ですが、作者独特のユーモラスな語り口と平仮名を多用したやわらかな雰囲気でスッと心に沁みこんできます。印象的なのが結句の字余り。ピタッと定型に収まらないところが、何と言うか歌のテーマとリンクしているような気になりませんか。一行の詩のように人生を完結させられればいい。でも長く生きていれば、必ずそう綺麗には収まらない、はみ出してしまう部分が出てきてしまう。そういうことを表している…わけではないかもしれませんが、何かそういう感じを受けます。

『ひたくれなゐ』は昭和51年刊行で、作者が(多分)67歳のときの歌集。夫や母親の看病をせねばならず、大変な苦労をしていた時期のようです。この短歌に込められた感慨は夫や母に向けられたものかもしれませんが、同時に、もはや若くない自分自身の行く末にも思いを馳せたものだったのかもしれません。

臨終のときの言葉というのも色々ありますが、「おいとまをいただきます」というのはなかなかカッコいい気がする。覚えておこう…って、一人暮らしだと言っても誰にも伝わらない可能性がありますが(何となく、最期は孤独死しそうだと思っている)。あ、そういえば山田風太郎の『人間臨終図巻』が部屋に見当たらないことに最近気づいたんですが、誰が盗った?今名乗り出たら先生怒らないから。

さて、そろそろ寝ます。明日は今日より気分が落ち着いていればいいんですが。おやすみなさい。

やな気分でも無理矢理行くのさ
気分なんかほっといたって良くなるさ (アナログフィッシュ『行くのさ』より)

初めて買った歌集

おばんです。

ちょっと前にツイッターで「初めて買った歌集は何か」という話題が出た際、いくつか候補を思いついたものの、どれが最初に買った歌集か結局思い出せなかったのが気になっていたので、昔書いていた日記を引っ張り出してきて確認してみました。

それによると、2001年の5月12日に友人宅で枡野浩一『かんたん短歌の作り方』(筑摩書房)を読んだのが短歌に触れた最初で、その日、友人にそそのかされて何首か短歌を詠んだのが始めたきっかけのようです。その時詠んだ短歌がどんなのだったかは覚えてません。「一句出来たよ」と言って友人に「一句じゃなくて一首だろうが!」と叱られたことは覚えてます。ちなみにその時俺をそそのかした友人が、後に「ユンボと水平線」で歌葉新人賞の候補になった瀧音という奴で、そいつは当時すでに600首くらい短歌を詠んでいたらしいことが日記に残ってました。そういえば、奴が俺に「短歌は本名で詠んだほうがいい」という考えを植え付けた張本人でもあります(苦笑) それと、「短歌結社ネガティヴ」が誕生したのもこの日のようです。といっても、酒が入った勢いで勝手に適当な事を言い合っていただけで、活動の予定なんて何一つ無かったのですが。

ちなみにその翌日には青森市のクォーターというライヴハウスでくるりのライヴを見たらしい。羨ましい。もう一回見たい。帰りに瀧音カーのガソリンが無くなり、十和田市の街中で、既に閉店後のガソリンスタンドで店員に頼み込んで2000円分ガソリンを入れてもらった、という話も書いてありました。(ああ、そんな事もあったなあ)と何となく思い出せるのが凄い。日記は残しておくべきだなー、と思いました。

ちなみに『かんたん短歌の作り方』は現在ちくま文庫版が出ているようです。そっちもそのうち買わなきゃ。とてもいい本。

その後はしばらく短歌の話が出てこない。フェリーニの『8 1/2』が良かったとか北野武の『ブラザー』のラストがイマイチ気に入らないとか、盛岡フォーラムに『A.I』を見に行ったとか『17歳のカルテ』が名作だとか、映画の話ばかり延々と書いている。他は友人と麻雀したとか酒飲んだとかそんなのばかり。

8月19日に『千と千尋の神隠し』を見たあと、友人たちと5人で恐山観光に行っているらしい。おぼろげな記憶によると、蝦名泰洋『イーハトーブ喪失』(沖積舎)を買ったのは青森の古本屋だったような気がするので、この時期に買っているのかもしれないんだけど記録が無い。無念。

サーカスはどうしてここへ来たのだろうみんな大人になった日暮れに 蝦名泰洋

歌集『イーハトーブ喪失』より。この歌集は電子書籍版が出ていたように記憶していたのですが、Googleで検索しても見つけられませんでした。勘違いだったろうか。

9月にはアメリカで同時多発テロ事件が起きています。が、俺は相変わらずで、公務員試験に落ちたりとかスーパーマーケットの採用面接に落ちたりとかしていますね。今は無き古本屋で藤子不二雄Aの『まんが道』中公愛蔵版をまとめ買いしたとかいう記述にまじって、『短歌雑誌ネガティヴ』零號が出たことがサラッと書いてありました。

その後、何か面倒くさくなったらしく、しばらく日記が途切れ途切れになっています。翌年の1月10日の記述に「『ネガティヴ』-1號発行。今は短歌の話をしている時が一番楽しい」とあったので、その頃には短歌にハマっていたようです。あと友人に借金したことが書いてある。返したかどうかは記憶に無い…。

2月、小林恭二『短歌パラダイス』(岩波新書)を読んで「短歌の読み方(そして詠み方)の幅が広がる名著」と感想を書いている。一流の歌人が一堂に会して歌合せをしたときの記録。短歌だけでなく、その様々な解釈も合わせて読める、とても楽しい本。長く絶版になっていたらしいですが、今は多分復刊されて入手しやすいはずです。

更に同時期、歌集を二冊購入している。林あまり『ベッドサイド』(新潮文庫)俵万智『かぜのてのひら』(河出文庫)。その後、4月に同じく俵万智の『サラダ記念日』(河出文庫)『短歌をよむ』(岩波新書)を読んだことが書いてあって、その後は『ネガティヴ』の感想文を書くのがダルい、とかそんなことばかり。

誰よりもきれいな死体になるだろう
それが理由で愛した少女        林あまり

ひかれあうことと結ばれあうことは違う二人に降る天気あめ 俵万智


それぞれ歌集『ベッドサイド』、『かぜのてのひら』より。

とりあえず、個人の歌集として最初に買ったのは、記録を見る限り『ベッドサイド』と『かぜのてのひら』のようだ、という結論に達しました。当時、読書日記みたいなものも別に書いていて、読んだ本の感想などはそっちに書いていたはずですが、それが残っていないので詳細は不明のままです。枡野浩一『ハッピーロンリーウォーリーソング』(角川文庫)のほうが早い気もするんですが、いつ買ったか分からないままでした。無念。穂村弘『シンジケート』(沖積舎)は更に数年後、確か花巻市の古本屋で見つけたはず。『ラインマーカーズ』(小学館)が2003年5月発行なので、たぶんそっちを先に読んでいると思います。最初期の頃に読んで影響を受けた歌集というとその辺ですね。当時としてはかなりベタなラインナップではなかろうか。篠弘編著『現代の短歌 100人の名歌集』(三省堂)はいつ出たやつだっけ、と思って調べたら2003年3月1日発行でした。この本もかなり熱心に読んだ記憶があります。

「レモネードレイン」と呼べば酸性雨すらも静かに叙情していく 枡野浩一

子供よりシンジケートをつくろうよ「壁に向って手をあげなさい」 穂村弘


歌集『ハッピーロンリーウォーリーソング』、『シンジケート』より。

昔の日記は手書きなので読むのに非常に疲れる。字が下手すぎて、古文書を解読しているような気分になります。こんな機会でもなければ滅多に読まないのですが、たまに読むと面白いので、皆さんも書いておくといいですよ。そういえば、

優等生と呼ばれて長き年月をかっとばしたき一球がくる 俵万智 『チョコレート革命』(河出文庫)より

という短歌について、<この短歌を不倫の歌と読むことは自由だが、「この時期作者は不倫していたらしいから、どうせこの歌もそういう内容の歌なんだろう」と読むことはおかしいんじゃないか。作品から作者の人生を想像するのはいいが、作者ありきで作品を読み解くのは間違っていると思う>と2003年の日記に書いてあって、何と言うか、俺は10年以上前から言う事がまったく変わってないなあ、と思ったりもしました。もうちょっと成長したいものです。あと、作品論とは別に作者論も当然あるべきなので、作者の経歴と照らし合わせて作品を読み解くことが絶対にいけない、などとはもちろん俺も思ってません。念のため。

では、そろそろ寝ます。おやすみなさい。

酒ぎらい

二日酔いの無念極まる僕のためもつと電車よ まじめに走れ 福島泰樹

歌集『バリケード・一九六六年二月』より

おばんです。

勤め先の有線で流れていたゲスの極み乙女。の『両成敗でいいじゃない』を、店に来ていたちびっこが「どーせーあいでいいじゃなーい」と歌っていて(ん、いやそれは良くないんじゃないか?…いや良いのか?あれ?)とちょっと混乱しましたが、最終的には「人それぞれ」という結論に落ち着きました。そんな二月。

今日はとにかく二日酔いが酷くて辛かった。二日酔いにならない酒を誰か発明してくれませんか。

そもそも、家族からも友人・知人からも誤解されていますが、俺は別に酒が好きなわけではないのです。不味い不味いと思いながら、酔いたくて飲んでいる。『ドラえもん』に「ホンワカキャップ」という、ソフトドリンクの飲み口に取り付けて飲むと酔っ払えるひみつ道具が出てきますが、あれは非常に素晴らしい。ぜひ商品化してほしいものです。

味が好きなわけではないので、楽しんで飲む、という感じにならないのですね。手っ取り早く酔っ払いたくて無茶な飲み方になる。物より思い出、味より度数。どんどん体が悪くなる…。

とはいえブランド物のワインや日本酒は確かに旨いと思います。ああいうのを飲んでればそうそう無茶な飲み方はしなくなるのかもしれない。不味い安物のワインや焼酎ばかり飲んでるのが悪酔いする原因でしょうね。みんなビンボが悪いんや。

若い頃はいくら飲んでも記憶を無くしたりはしなかったのですが、30歳を過ぎたあたりから結構あやしくなってきました。身に覚えの無いつぶやきがツイッターに残っていたり。朝起きたらなぜか部屋中にのど飴が散乱していて、携帯電話が酒浸しになってぶっ壊れていたこともありました。新しく買ったスマホは壊すわけにいかないので、慎重に飲まないと。

掲出歌は昔から好きな歌なんですが、今回引用してみてはじめて結句の一字空けに気づきました。ちなみに俺の手元には『バリケード』は無いので、今回は国文社の『現代歌人文庫 福島泰樹歌集』からの引用です。

この一字空けは必要かなあ、としばらく考えてみたのですが、眺めているうちに、この空白に二日酔いの気だるさや虚無感があらわれているような気がしてきました。電車の揺れや震動が二日酔いの身体を容赦なく責める、その辛さがしみじみと感じられますね。普通なら「しずかに走れ」とか言いたくなるところを「まじめに走れ」と言っているところが面白い。

といったところで今日はお開き。酒飲んで寝ます。

仕方なく呑んでいるのだ牛乳を飲んで酔えれば牛乳を飲む ロンドン太郎

『短歌雑誌ネガティヴ』から。何號に載っていた短歌かは忘れてしまった。調べるのダルいんで勘弁して。では、おやすみなさい。

続・筆名について

おばんです。

今回は自分自身の筆名のことについてちょこっと書いてみようと思います。

の前に、まずは前回(筆名について)の反省から。

前回

筆名に関してはまず第一に「使うべきでない。短歌は本名で詠むべきである」という考え方がかなり根強くあります。

と書きましたが、「かなり根強く」は言い過ぎですね。俺自身何度か「短歌は本名で詠んだほうがよい」「あまり奇抜な筆名を使うのは感心しない」などと言われたことがあるのでそのように書いてしまったのですが、それだけだとさすがにサンプル数が少なすぎる。今も昔も筆名で活動している歌人は大勢居ますし。ろくに調べもせずに断定的な書き方をしてしまったのは良くなかった。以後気をつけます。

第一、の部分がいい加減だった以上、それ以降の文章の説得力も激減してしまうのですが、それはもう、申し訳ない、としか。全体的にちょっと主観的すぎるかなあ、とは思うのですが、嘘は書いてないつもり(少なくとも意図的な嘘は書いてません)なので、後は読んだ人それぞれの判断に任せようと思います。

さて、今日は俺の筆名について。

といっても由来に関しては別段面白い話ではないのです。友人宅に遊びに行った際、部屋にあったノートの何も書かれていないページの隅っこのところに 山本 左足 とメモってあるのを見つけて、「何これ?」と聞いたら「さあ、忘れた」とのこと。なんか人名みたいで面白いな、と思い、「これを俺の筆名にする」と勝手に宣言して、以来ずっとそう名乗ってます。ただそれだけの話。

俺はずっと短歌が下手でした。特に本名で詠んでいた頃は。本名、仮に<田中一郎>としますが、田中一郎はとにかく自己嫌悪と自己否定の権化みたいな奴で、過去に自殺未遂も経験しているなかなかの駄目人間です。そんな人間が短歌を詠もうと思っても「死にたい」とか「殺したい」とか、そんな言葉しか出てこなかった。ドリーミィでポエジーな短歌を詠もうにも、本名でそれをやるのには強い抵抗がありました。居もしない恋人へのありもしない恋心を歌ったりとか、今なら「事実より真実!」などと言って堂々とそういう短歌も詠みますが、当時は絶対に無理。第一友人や知人に読まれたら一発で「お前の短歌って嘘ばっかりだな」とバレてしまうわけですし。そしてバカにされちゃうわけですし。

<山本左足>と名乗るようになってからもしばらくは変わらず、中身は<田中一郎>のままで短歌を詠んでいたので、下手、というか嫌いでした。自分の短歌が。(薄汚い人間の退屈な日常を拙い短歌にしたところで誰が読みたいものか!)と思い、詠めば詠むほど劣等感と自己嫌悪の沼に沈んでいくようでした。

状況が変わったのはツイッターを始めてからのように思います。それまでの人間関係の中では<山本左足>=<田中一郎>だったのが、ツイッターでは変わった。田中一郎を知らない人たちの中に交わることで、<山本左足>が単なる筆名ではなく、ひとりのキャラクターとして独立した、というか。そういう場に立つことでようやく俺は嫌いに嫌い、憎みに憎んだ田中一郎を捨てて、山本左足という人間として自由に短歌を詠めるようになった、そう感じました。

上手くなった、というのとは違うかもしれません。それよりも、俺は自分の、というか<山本左足>の短歌を好きになった。俺はいつもバカみたいに自分の短歌を好きだ好きだと言っていますが、正確には<田中一郎>が<山本左足>の短歌を好きだ、という感じです。もちろん二重人格ではないので、どっちも自分なのは間違いないんですが。

どうしようもなく哀しいのは、いくら短歌を褒められても認められても、それは<山本左足>の手柄であって、本体の<田中一郎>は相変わらず、最底辺の駄目人間、という自己像を抱えたまま「死にたい」「殺したい」ばかりの日常を過ごしている、というところ。短歌関係の知り合いに直接会うことにどうしても積極的になれないのはそのせい。<山本左足>というペルソナが剥がれて、本体が出てきてしまうのを見られるのが嫌で嫌でしょうがない。一生ピエロのメイクをしたままで過ごしたい。

俺は本名ではろくな短歌を詠めなかったし、本名で詠んだ短歌を好きにもなれませんでした。心の中の由無し事を自由に表現するためには、名前だけでも別人になる必要があった。しかしそのせいで、(俺は本名で言えないようなことを言っている)(他人に嘘をついている)というような罪悪感を常に持つようになってしまった。いや、もちろん短歌は本気で、そして本心で詠んでいるつもりなんですが。

だからこそ、本名で活動している歌人に憧れがあります。「短歌は本名で詠むべき」と誰よりも強く思っているのは、他ならぬ俺自身なのかもしれません。俺はたぶん一生本名では活動しませんが。

そんなこんなで今回はここまで。筆名についてはまだまだ調べたり考えたりすることが多いなあ、と感じた数日間でした。何か考えがまとまったり改まったりしたらまた書くかもしれません。「続々・筆名について」とか「又また・筆名について」とか「痛快・筆名について」とか(このタイトルがかつてテレ朝で放送されていた時代劇『三匹が斬る!』のものだと分かった人は、心の中で僕と握手!)

次回からはまた日記プラス短歌の感想、というスタイルに戻そうと思います。戻らないかもしれませんが。まあ、その時になってみなきゃわからんよね。

では、また。おやすみなさい。
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